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01 いつもの日常
~県警察本部~
「――昨日のストーカー被害の報告書は?」
「もうまとめてファイルにありますよ」
「そこの角の喫茶店で起こった事故の目撃者から電話だ!」
「こちらで手続きは以上になりますで、免許証もお返ししますね」
事件を知らせる電話が鳴り響いて、刑事たちが現場に慌ただしく駆け付ける。
署内には強面の刑事達が揃い、部屋中煙草の煙とむさ苦しさが充満。
なんて言うのはもう何十年も前の話。
しかもそんなイメージなど刑事ドラマの見過ぎだ。現実はもっと小綺麗で割と落ち着いている。当然、事件や事故で急に慌ただしくなる事もあるが、今日も割かし普段通りだろう。
そんな風に思っていた――。
扉の向こうから廊下を歩く足音が響いてくる。少しづつ近づいてきていた足音が一旦止まった。
――カッ……カッ……カッ……ガチャ!
その矢先、今度は部屋の扉が開く音も聞こえ、入ってきた上司が声を掛ける前に、自然とそこへ注目が集まっていた。
「おーい皆! ちょっと集まってくれ」
言われるがまま、部屋にいた皆が上司の元へと集まった。
「えー、本日付でここ、警察本部の“特殊捜査課”に配属される事になった碧木君だ。皆に軽く自己紹介してくれるか?」
「はい。本日付で特殊捜査課に配属になりました『碧木 明日香』です! 特殊捜査課の一員として精一杯頑張りたいと思います。宜しくお願いします!」
「元気があっていいね。分からない事は何でも聞いてくれて構わないから。皆も助けてあげてくれよ。じゃあ話は以上、解散!」
上司の熊谷さんがそう言うと、皆決まった席へと戻って行った。だが動き出して僅か1、2歩。熊谷さんが何かを思い出したかの様に突然歩みを止めた。
「ああそうだ! 碧木君、席は黒野の横使ってくれ。おーい黒野! 後頼んだぞ」
「……マジかよ」
「新入りなんだからちゃんと見てあげなさいよ!せ~ん輩!」
「遂に黒野も後輩が出来たか。出世したな」
「ここの平均年齢が高いだけっすよ」
「あぁ? ババアって言いたいのかコラ」
この口の悪い女の人、名前は『藍沢さつき』 同じ特殊捜査課で俺の2つ上の先輩だ。いつも俺の“天パ”の髪をくしゃくしゃしてガキ扱いしてくる面倒くさい人。
「今めんどくせぇとか思ってるでしょ、さては」
女の感ってやつか。図星過ぎて怖ぇな。
「思ってないですって。それよりあの子任せましたよ。藍沢先輩」
「お前が頼まれただろ。ひょっとして若い女の子だから恥ずかしいのか? 何か頼む時だけ“先輩”付けるんじゃないわよ」
そう文句を言いながらも、藍沢さんが面倒見良い事は誰もが知っている。
俺は別に社交的でもなければ話が面白い訳でもないからな。あの子も俺より藍沢さんの方がいいだろ。同じ女性同士だし。
「こっちおいで」
「あ、はい!」
「え~と、碧木……明日香ちゃんね。私は藍沢さつき。宜しくね」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「そんな堅くならないで。大した場所じゃないんだから」
流石藍沢さん。さっきまで緊張していたこの子の表情が少し和らいだ。
「アンタも突っ立ってないで先輩として自己紹介ぐらしなさいよ」
ドンと俺の脇腹を小突いてくる藍沢さん。恐らく本人は気付いていないが、力が強いのかそこそこ痛いんだよな。まぁ言っても女の力だからたかが知れてるんだけど。
「えっと、俺は黒野……『黒野 千歳』宜しく」
「あ、あなたが黒野さん」
「ん?」
「い、いえ、よろしくお願いします!」
彼女が何か呟いた様に聞こえたが、なんだろう。気のせいか?
「何よ黒野君、そのたどたどしい態度。まぁいいわ。ごめんね明日香ちゃん、こんな先輩が隣にいるなんて辛気臭いわよね」
たかが一言挨拶しただけでそこまで……。
「ついでに紹介しておくと、あっちの席にいる人が『灰谷』さん。一応我が特殊捜査課のリーダーよ」
「一応って何だ一応って。俺はちゃんとしたこの特殊捜査課の……「それと、向こうの席にいるのが『水越』君ね」
「おい。俺がまだ話している途中……「水越です。宜しく。灰谷さん、また話長くなるならやめて下さいね。碧木さんの歳ぐらいの子だと1発で嫌われますよ」
「なッ……⁉」
相変わらず毒舌だな水越さんは。でも、逆を言えば灰谷さんを助けてあげたのかも。いきなり新入りの子にウザがられても可哀想だし。水越さんなりの優しさってとこか。灰谷さんは諸にショック受けてるけど。
「だから娘さんにも冷たくあしらわれるのよ。いい機会だし、年頃の女の子との距離感少し学ばせてもらったら?」
「あ、藍沢、お前まで……!」
ガックリと肩を落として落ち込む灰谷さん。
こうも威力あるパンチを立て続けに貰っちまったんだからしょうがない。可哀想だが、確かに水越さん達の言う事には一理ある。それがまた余計に可哀想なんだけどさ。名前通り灰になりそう。
この子、碧木……だっけ?
もう緊張はしてねぇみたいだな。配属初日にこんな変人達紹介されたら、ゆっくり緊張してる暇もないかそりゃ。先輩として新入りの後輩の緊張は解けたみたいだが、その代わり引いてるぜ多分。
「変な人達だけどさ、やる時はそれなりにやるから。大目に見てやってくれ」
「は、はい」
「「「お前が言うな!」」」
こんなのが日常茶飯事のここ、特殊捜査課。
ここではその名の通り、一般的な事故や事件ではなく、より複雑で特殊な事件を担当している。専門的な知識が必要なもの、捜査や分析の技術が高くなければならないもの、誘拐、強盗、殺人、テロ等の市民の命に関わるもの。“特殊捜査”というものに定義は無いが、概ねそんな感じの事件を担当している。それが俺も配属しているこの特殊捜査課の役割だ。
まぁそんなこんなで、いつもと代わり映えしない日常に少しだけ変化が生じた今日だった。別に大したことではない。大企業から中小企業、いやそれ以上に、どこの誰でも経験するその人にとっての新たなスタート日だ。
「――そう言えば明日香ちゃんは、何でこの特殊捜査課に配属になったの?」
「熊谷さんの話だと、確か“自ら志願”して来たって言ってたなそういや」
「へぇ~。そりゃまた物好きね明日香ちゃん、あなた若くて可愛いのに何でまた」
皆何となく気になった。自然な流れだよな。藍沢さんが何気なく聞いたその質問。
しかし、その彼女答えが、いつもと代わり映えしない日常に少しだけ変化を生じさせたどころか、その場にいた全員の思考を一瞬でフリーズさせる程の大きな変化を与えた――。
「あ、私は……実は、6年前の猟奇爆破テロの犯人を捕まえたくてここに来ました――」
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