2006年05月09日 出血…。Σ(@ロ@lll)

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それが、ぼちぼち母胎の胎盤から 栄養をもらう移行時期となるワケで、 そこでうまく準備がいかないと、 遺伝子的に問題のある子孫ということで、 自然淘汰されてしまう、とコトらしいんですね。 まぁ、人間の赤ちゃんが「黄身」で育つ、などと 考えたこともなかったんで、ちょっと 新しい発見だったんですが。 なので、安静にしてようが、してまいが、 ダメなときはダメ、それは母胎が悪いのではなく、 あくまでも自然淘汰、あなたのせいでは ありません、と何度も念を押されてしまいましたよ。(^-^;) いや、わかってます。 そのとおりだと、頭では理解してます。 先生はさらに、「だけどね、この時期、 だからといっていつものように動き回ると、 もし万が一があったときに、周囲から いろいろいわれることになるから、 絶対に安静にしていてください」 (^-^;) なるほどぉ~。 そりゃそうだよねぇ…。 なんかもう、半分上の空ですよ。 とりあえず、無事でよかった。 もうそれだけでいいやぁ~。 あああ、本当になんともなくてよかった。 トイレに流してなくて、本当によかった…。 さて。 その後、一週間は安静、ということで、 来週の水曜日にもう一度チェックして、 なんともなければ一安心、ということらしい。 それにしても。 前回、ムスメを産むときに3ヶ月入院して、 イタイ注射を打たれまくったわりに、 やっぱり血栓が解消しなくて。 もしかすると肺に血栓が入ると 呼吸困難を起こして生命の危機に陥るかも、 なんて脅されて、急遽、ダンナさんの海外出張中に 促進剤を打って、出産に臨んだのだけれど。 (そういえば、全然フリーページ更新してないなぁ…) あのときも自分の生命の危機、なんて言われても、 どうもピンとこなかった。 いろいろ、周囲の話を聞いていたりして思うのだけれど、 人間って、よほど自らの死を望むような状況でなければ (あるいは、望んでいたとしても)、 「自分が死ぬ」ということを真から信じては いないのではないか、と感じることがある。 だからこそ、周囲は「死を目前にした」人間が どんな状況にあっても、「生を信じている」 「生きるための執念を見せてくれた」、などと 話すのではないか、と思う。 今回は自分の生命ではなかったのだけれど、 やはり「身体の中に宿った命」が消える、と いうのは、ものすごい衝撃でありつつも、 やはり受け入れがたいものがあった。 妊娠ってね、できたから順調に育つ、という ワケじゃないんだね…。 うぅう、やっぱり高齢出産って リスクが高い、だわ…。(^-^;) いやぁ、本当に反省。
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