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彼女の死因は、自殺だった。室外機が動いている上に電気がついているにも関わらず、彼女のマンションの回覧板が3時間以上回ってこないことを不審に思った隣の住人が管理人にその旨を伝え、管理人が彼女の部屋を訪ねても応答が無かったことから、熱中症などで身動きが取れなくなっている可能性も踏まえ、マスターキーで鍵を開け、中に入ったところ、部屋で首をつった状態で発見されたらしい。自分が死ぬことを考えながらその準備をし、椅子に足を乗せて、首に縄をかける。この動作をするのにどれだけの覚悟が必要だったのだろうか。
僕が霊安室で見た彼女の首にくっきりと残っていたロープの跡は修復師の作業により、葬式の時には消えていた。まるですやすやと、いつも通りの寝顔で眠っているようだった。
そもそもなぜ彼女が自分から命を絶たざるを得なかったのか。その原因は単純明白でありながら人を最も傷つける邪悪な行為。いわゆる「いじめ」だった。
そのいじめの原因だが、どうやら事の他大きな話になるようだ。
今年の7~8月辺りから、中国船が日本の領海を無許可に航行。そしてついに以前から領土問題で色々ごちゃごちゃしていた無人島に上陸した。この中国の行動はただでさえ予断を許さぬ状態にあった外交問題をさらに緊迫させてしまった。
当然の如く、これは国を巻き込んだ大きなニュースとなり、これによって日本人の中国へのイメージは最悪になった。とは言ったものの大多数の日本人は、中国人を責めたり迫害するような様子はなく、中国人も祖国のこの行動をほめるような真似はしなかった。(少なくとも彼女をはじめとした僕の身の回りの留学生に限った話なので本当のところは分からない)
だが、彼女の近所の人たちだけは話が違った。
そのニュースが流れた次の日、彼女がいつも通りエレベーターを呼ぶと、エレベーターにちょうど彼女の一つ上の階の住人が乗っていた。いつもであればそのまま普通に乗るのだが、なんと彼女がエレベーターの中に入った瞬間、その上の住人は彼女の事をエレベーターから突き飛ばし、閉まるボタンを連打してそのまま下に降りていってしまったという。彼女は咄嗟の事で放心状態となってしまったらしい。
……それが引き金になったかのように、それから、彼女にとっての壮絶な日々が始まった。
いかに半同棲とはいっても2日に1日のペースで彼女は自身の家へと帰っていく。
ちょうど突き飛ばされた日にち辺りから、彼女の家のドアの周りだけ生ごみが散乱するようになり扉には大きく「出ていけ!」と書かれた紙が張り付けられていた。しまいにはベランダには卵の殻が散乱するようになったらしい。
犯人は明らかに彼女を突き飛ばした上の階の住人で、彼女はマンションの管理人にこのことを報告したらしいが、どうやら先にその住人が手を回していたのか、軽くあしらわれる程度だったという。
その後、その住人は、彼女の隣人をも巻き込んでいじめを行なった。隣人の子供もうまく使われたのか彼女に石を投げるなどの行為を行なったらしい。
そして、どんどんいじめはエスカレートし、それに耐えかねて自ら命を絶ったのだ。
気さくな彼女は、母国の行動とその行動に触発された、自身が愛し、平等に見ていた、近くの人の手によって殺されたのだ。彼女にとって、これほど残酷な仕打ちがあるだろうか。
僕は、棺の中で外見だけは安らかそうに眠っている彼女を見てそう思った。
ここまで思い出してみて、もう気休めにもならないだろうが、これだけは確信していえることがある。
少なくとも彼女はこんな最期を迎えるような人ではなかった。絶対に。
もしこの世に神という存在がいて、人の運命を、ほつれた糸を引くみたいに簡単に決められるのなら、そいつはきっととんでもないサディストだ。
でも、神以上に、今回の原因となった国際問題以上に、彼女をいじめていた人たち以上に、僕は何もできなかった自分を恨んだ。
彼女が命をたった理由は後から聞いたものだ。彼女は僕に心配をかけさせまいといじめを受けていたことを隠していた。徹底的に。劇を経験していたからかどうかは分からないが、案の定僕は全く気づかなかった。少し痩せたなとか顔色悪いなとは思ったものの、彼女の「大丈夫」というセリフを何も考えずに信じ込んでいた。
僕はとんでもない馬鹿野郎だ。ゴミクズだ。彼女の苦しみに気がつかないで何が彼氏だ。頭の中にお花畑があるのだろうか。
でも僕は自分を責めることはできても、彼女の死を受け入れることは、今もできていない。どんなに口汚く自分を罵りながら、まだ彼女は世界のどこかにいるのではないかと常にその姿を探した。
葬式でも告別式でも、彼女が骨になっても泣かなかったのは、多分無意識に彼女はどこかで生きていて、泣いてしまったら、彼女のために涙を流してしまったら、それは彼女がもういないことを自分が認めてしまうことになるのを防いでいたのだと思う。
頭では理解していても、それを「心」で理解することはできなかった。
そして、自分を罵りながら、けれど彼女を探しながら、灰色の毎日は、あと1週間で、あの日から365回繰り返されようとしていた。
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