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お盆休みに入っても、特にやりたいことは無かったので、少し外を歩いてみることにした。ずっと部屋の中にいてもこれ以上気が滅入るだけで何もいいことはない。
ここのところ平均気温が30°を超え始めているからか、部活終わりの高校生たちの一団以外に、歩いている人は皆無だった。
そのまま陽炎の立つ道路を歩いていると、縁日のポスターが風に揺られて目の前に落ちてきた。どうやらポスターを貼る時に係の人が落として、そのまま気づかれなかったようだ。
この縁日は毎年お盆に決まって開かれており、場所は僕たちが去年行った、例の蛍が見えるという川が流れる山のふもとの神社が会場となっている。
僕は特に行く気にもなれなかったが、やはりこの手の行事は人気があるのだろう。毎年毎年、着物姿の女子やその姿を見て視線を慌ててそらす男子の姿がそこかしこで見受けられる。また、その神社は縁結びの神を祀っていると有名なので、その日に告白すると、必ず成功するいわれがあるらしい。僕もよく周りからはやし立てられたものだ。
久々に懐かしい思いを味わいつつも、また脳裏に浮かび上がってくる彼女の姿を見て、僕は自分の心臓に槍が刺さったような気分になった。
まずい。また嵐がやって来た。脳裏に、彼女とその彼女亡き後の記憶が侵食するように湧きたっていく。
ビデオを再生するみたいに、突発的に人の声が聞こえ始める。
「いつまで、いつまで引きずっているんだ。いい加減元の調子に戻ってくれ。頼むから」
そう、男の声が聞こえてきた。確かこの声は僕の父親の物だったはずだ。いや、父親だけではない。何人かの声も混じっている。可哀そうなものを見て、懇願するような、そんな雰囲気の声。
確かに、僕みたいにいつまでもうだうだと引きずって、抜け殻みたいな人間がいれば、いらだつのも分かる。実際、自分だって本当はこの状態から可能であれば抜け出したいのだ。
……それでも抜け殻からして見れば、彼女は、はいはいじゃあ忘れます、で終わるような存在ではないのだ。いまだに彼女の姿を探してしまう辺り、彼女は僕が思っている以上に、大きな存在だった。僕の中では、理性では事実を理解していても、こころは事実と逆の方向に考えが広がっていく。
『私、花火そこまで好きじゃないのよねえ。なんか星の居場所を奪ってまですることなのかしらねえ。どっちかと言えば蛍の方が幻想的で好きよ』
『ほら、あの子たち神社の裏に入っていくわよ!! 何するのかな? 告白? 告白?』
ぐるぐるぐる、廻っていく。僕は炎天下の中、頭を、こころを支配する嵐のような時間が過ぎ去るのをただ待った。段々と思考や夢の中の色は消えていき、代わりに彼女のいない灰色の現実が僕を迎える。
この瞬間は、正直気分のいいものではなかった。若干の吐き気を覚える。この状態から抜け出すには、彼女の死に否が応でも向き合い、そして彼女の苦しみに気づきもしなかった甘ったるい自分を許さなければならないだろう。それがいつになるかは分からない。
すると、そんな僕を元気づけるかのように、陽炎の間を縫うようにして、一匹のモンシロチョウがこちらに向かって飛んできた。そのモンシロチョウは白い妖精のような真っ白の羽で僕の周りをまわるようにして飛び、そのまま例の縁日の開催される山の方へと飛んでいく。
一瞬の事だったし、小さかったので見えづらかったが、その蝶は、羽が少し傷ついていた。
僕は6畳半のほとんど何もない殺風景なアパートに一室へと舞い戻った。中は外以上に熱がこもっており、それに耐えられそうもない僕は早々にエアコンのリモコンのスイッチを押す。
そして、台所まで移動し、カップラーメンの封を開け、中にチーズとお湯を入れて3分待ち、それを食べた。
エアコンの風が効いてきたところで、お風呂場に移動し、シャワーを浴びる。浴槽はここ1年使っていない。
シャワーを浴びたら、服を着て、デスクトップパソコンを起動し、家でできる限りの仕事をする。僕の生活は仕事が時間の7割型を占めているだろう。無駄な抵抗だと分かっていつつも、こころを空っぽにできるのはこの時間だけだった。
お盆明けには大事なプレゼンがある。それまでに仕上げるのは苦ではない。が、何かしら仕事をしてないと灰色を灰色と認識してしまう。これに囚われると先ほどのように、彼女のことがぐるぐるぐると台風のように頭と心を支配する。僕は泥に沈み込むように、仕事に没頭することにした。
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