5人が本棚に入れています
本棚に追加
黒き太陽が天地を照らし、破れていく天地は鳴動する。
遠い誰かの記憶。黒き凶風が吹き荒れる生命が死に絶えた大地、渇き滅んだ海、割れて崩れ暗黒の闇を覗かせる空。
(これは……一体……?)
地獄という言葉すら生温い程に、その世界は死に絶えていた。
いや、死というものすら滅び去った。見ていて、心が締め付けられる景色がただ広がっている。
何をどうすればこのような景色になるのか、そして、ルリエの脳裏にふと、何かが浮かんだ。
(魔剣フェイレン……? 黒い影……?)
自分を呑み込んだ魔剣フェイレン、そこに宿っていた黒い影が浮かぶ。
黒い影、魔物を生み出し、怨嗟を呼び起こす謎のもの。
自分の前に広がるこの景色、世界からはそれと同じ暗く深く、光すら見えないものが感じ取れた。
そして、自然と浮かぶ、ある言葉がルリエの口から、静かに漏れていた。
「全てを終わらせなければならない、それが私の……最後の歌姫の役目、最後の……」
自分でも何を言っているのかわからなかった。そしてその疑問を思案しようとした刹那、ルリエは現実世界に覚醒し静かに、身体を起こした。
ーー
寝にくい白の敷布に横たわる身体、目に映る白い布天井、身体に伝わる硬さ。ここは竜車の中、寝慣れた場所。
(私……あぁ、そうか……)
薄暗い中で上体を起こしてルリエは状況を整理しつつ、頭と身体の覚醒を促し始める。
魔剣フェイレンに呑まれて、ノゾミが助けてくれて、その後、倒れて動けなくなった自分達を迎えに来た仲間達が介抱し、迷惑をかけたと謝罪の言葉をかけて、そして意識を失った。
だが、彼らのやり取りは聴こえていた。自分の言葉に驚きつつも受け入れてくれて、ノゾミが言うところの優しい、という事なのかもしれない。
自分の隣にはブランケットに包まるユーカが穏やかな表情で眠っている、自分の向かいにはアルトが座って安らかに眠り小さな寝息を立てている。
どのくらい寝てたかはわからないが、一日以上というのは感覚的にわかる。
全ての魔力を使い果たし、疲労困憊となって、そして、思い出せたものがあった。
(私は強くなる、誰かを……守る、為に)
そう思ってみたが、まだ何処かぎこちないなとルリエは自嘲の笑みを浮かべた。
父と母が託した願い、それを受けて自分が願ったもの。過酷な運命の中で芽生えて、心を凍らせてでも守ろうとして、ずっと、忘れてたもの。
生きる為に強くなる、忘れていても本心が歪な形で出ていたのかもしれない。その為に、多くに迷惑をかけた事など、省みる点は多い。
(ノゾミは、わかっていたんだな……)
あなたは何故強くなろうとするのか、ノゾミはそう問いかけて旅をする中で、手合わせや生活の中、数多の出会いや戦いの中で教えようとしていた。
彼の強さの秘密は誰かの為に力を尽くす事、己を犠牲にして守ろうとする強い意思。優しさという名前の、強さ。
と、ルリエはノゾミがいない事に気がついて竜車内を見回し、マントを羽織って外へ飛び出すと直後に響くのは、熱風と雷撃の二重奏。
短い草の生える地に立つ彼に、火炎竜の如き烈火が螺旋状の烈風にとぐろを巻き、さらに雷撃を従えて苛烈に迫った。
光より作り出した白き剣を手に、刹那に剣を横一閃に放つ彼の一撃が炎と風と雷の三重の力を霧散させ、朝日照り返す剣の露と消える。
「もう一度、お願いします」
彼、ノゾミは、汗だくになりながらもよく通る声で言い放ち、彼を挟むように離れ立つレイジとヒースもまた、やや疲れを覗かせていた。
「流石は英雄ノゾミという事か、このヒース様とレイジの合体魔法を両断するとはな」
余裕綽々自信満々といったヒースはての中に炎を作り出すが、魔力が尽きたからかすぐに炎が消えて舌を打ち、それを向かい側に立つレイジはニヤついて捉えてからノゾミに目を向け直す。
「しっかし、魔法返しを攻撃に応用するとはな……よくできたな?」
「まだまだ未完成です。もっと精度を上げないと実戦には使えません」
穏やかに話すノゾミに舌を巻くレイジは、彼の探究心に感心するしかなく、また、やや遠目にそれを聞いていたルリエも理解できるものだ。
魔法返しは己の魔力を使い、相手が魔法を発生させるのに合わせて無力化する技。
しかし性質上発生してしまったものは無力化できず、詠唱や威力・発生の間に合わせなければならない、一度に無力化できるのは一種類のみ、など制約も多い。
魔法返しを攻撃に応用し、魔法を切り裂き無力化する。それが可能となれば、魔法に対して強力な武器となるだろう。
(火と風と雷……あれを切れるならば、他全ても切れる、か……)
八つの魔法属性の中で火は最も威力が高く、雷を加えてさらに破壊力が増す。それを風で安定させ勢いをつけ、とてつもない威力となるのはルリエもよくわかっている。
加えて魔法の扱いに長けたレイジとヒース、二人の魔法の合わせ技となれば尚の事。
ルリエはそう分析しつつ、ノゾミがまだ自分より前に進んでいる事を、彼が本当に強く越えたい相手と再認識する。
と、レイジがルリエに気づいて会釈し、それにノゾミ、次いでヒースもルリエに顔を向けてルリエはノゾミと目を合わせ、静かに彼の前へやって来る。
「起きて、いたんだな」
「昨日目が覚めました。ルリエ様はお身体の方は?」
「問題ない、が……」
腕を組むルリエは小さくため息をつきながら目を閉じ、そっぽを向くように身体を横に向け、チラリと横目で捉え直す。
「私に剣がないことをいいことに、さらに強くなろうとは……英雄のくせに姑息だな」
「い、いえそんなつもりは……」
ルリエの言葉にノゾミは弁解しようとすると、彼女はふっと笑ってから冗談だ、と言ってノゾミらを驚かせ目を丸くさせた。
その反応にルリエもまたきょとんとし、ノゾミの方に身体を向けて首を傾げた。
「……おかしな事を言ったか?」
「あ、いえ……」
冗談を言うルリエなど初めて見たが、ノゾミ達はそこは言及せず、怪訝そうにしているルリエはため息をついて目を細めた。
「何か?」
やや強い語気で言われたノゾミはルリエから目を逸らし、無言の威圧を放ち始めた彼女にひとまず、穏やかに微笑む。
「えと……あ、言い忘れてました。おはようございます、ルリエ様」
何かごまかされた気がする、ルリエは内心そう思いつつも、聞き慣れたその言葉を聞いて目を閉じて口元に笑みを浮かべ、ようやく自分と彼の無事を認識し心を安堵させた。
ーー
起きたルリエが聞いたところ、現在南大陸西部を南西に向かっているという。
魔剣に呑まれてノゾミと戦ってからは五日経過。かなり寝てしまっていたが、不思議と、ルリエは以前よりも心が軽く感じられた。
世界が違って見える。周りがよく見える気がして、心が、温かい。
(こんなにも、世界は広い……か……)
泣きながら喜んだユーカがいつになく気合いを入れて朝食を作る間、ルリエは野営地近くの草原に立ち景色を眺める。
風と共に緑の草原が大海のようにうねり、昇る太陽に照らされその色が映え、さえずりながら鳥が青空を舞い、何処か遠くへ飛んで行く。
こんなにも世界は美しいもの。今までそんな事は思わなかったルリエは、そう思える事に心が高鳴り、一方で、今朝見た夢を思い返していた。
(あれは一体……私は、何を見た……?)
夢というにはあまりにも凄惨すぎて、そして、確かにそこにいたという実感がある。
過去見の力が、過去を視る力が自分にはある。それで知る事ができたものや、思い出せたものがある一方で、新たに何故自分にそんな力があるのかと考えてしまう。
(私は、何なんだ……?)
歌姫、その一言で片付けられるなら悩みはしないと、ルリエは目を閉じ腕を組む。
レオナとフェイ、過去見の力で邂逅し、その思いを繋ぐと誓った。
恐らく西と北、残りの聖域でも邂逅するのだろう。だが、何故過去の歌姫の記憶を辿り、そして対話できるのかわからないままだ。
どうして過去の歌姫との邂逅を果たす? そもそも歌姫とはなんだ? そして自分は何故歌姫なのか?
強さだけを追い求めてきて、それ以外の事で悩む事はなかったが、今は、考えてしまう。考えなくてはならないと、心が訴えてくる。
(平和を祈り詠う存在……本当にそれだけなのか?)
脳裏に浮かぶのは師であり、自分の命を狙う組織ディスラプターの長クレアの存在。
何故彼女は歌姫抹殺を企む? 歌姫を殺すならば、自ら手を下す方が確実なのに何故配下を使う? そして先代歌姫の時もノゾミを派遣し彼女自身、百年前にはいたとなれば何者なのか?
百年ごとに歌姫は巡礼する。自分の代で三千年の歴史があるが、初代歌姫は存在こそあれど名前の記録は一切なく、喪失の歌姫と称されている。
歌姫とは何なのか。
その真実とは何か。
知りたいと、心が訴えている。
(私は強くなる、強くなりたい。今も変わらず……目指すものを、掴む為に)
芽生えた思いを成就する為にも、強くなりたいとルリエは願った。
ルリエは振り返り、朝食の準備をする者、鍛錬の休息をする者、竜車の備えの確認や武器の手入れをする者、そして、自分を呼びに来た者を捉え、小さく笑みを見せる。
「ルリエ様、そろそろ朝食ができますよ」
「わかった、行こう」
自分は一人ではない。
仲間がいる、守られそして守りたい存在がいる。
ノゾミを従え歩くルリエは、彼らを守り、そしてより多くを守って共に生きて強くなりたいと、かつての願いを、少しずつ形とし昇華させていく。
next…
最初のコメントを投稿しよう!