29人が本棚に入れています
本棚に追加
帰り道、駅に向かう途中で彼が突然手のひらを見せて来た
私は意味が分からず、彼を見る
すると彼は私の右手を取り、そして恋人繋ぎをしてきた
びっくりしてまた彼を見ると、彼は無言で微笑んで、そのまま一緒にまた駅まで歩みを進めた
あんなに怖くて、ヤバイやつだと思った初対面
今は、そんな印象も何処かへ消えていた
見た目は変な雰囲気の人だけど、悪い人じゃない
年末の忙しない街並み
東京のキラキラした景色は、私の瞳に明るい未来を映してくれているみたいだった
年明け
私はそんな彼とまた会った
都内で待ち合わせをして、私達はタクシーに乗って麻布十番まで出た
そこにある、とあるバーに入る
「おー、林(はやし)くん!いらっしゃい」
林くんと言うのは、彼の苗字
因みに"まさき"と言うのは水商売をしていた時の源氏名らしく、携帯ゲームなどで、名前登録の必要がある時に付けている、と言っていた
そこのバーのマスターは、丸眼鏡に口ひげを生やし、ロマンスグレーの髪色をした、紳士みたいな見た目だった
本当に、バーの店主と言う感じの見た目
このオーセンティックバーの雰囲気に合っている
彼はここのお店の人とも顔なじみのようだった
「あら随分可愛い彼女だねえ~」
物腰の柔らかい物言い
私はその人の優しい喋り方もあって
「彼女だなんて…まだそんなあ~…」
と、にやにやと気持ち悪い笑顔をさせて言った
「幾つなの?」
「二十一歳です!」
私はまた笑顔で答えた
「へ~!
じゃあ林くんと十四歳差だね」
え…
十四歳…差…?
確か、ケータイゲームの時は二十七歳とかって言ってなかったっけ…?
って事は…
本当は…三十五歳って事…?
「そう言えば林くん、お子さんは元気?」
「はい」
…えっ!?
お、お子さん…!?
…もしかして…既婚者って事…!?
そ、そんな…
知らなかった…
危ない…
私、結婚してる人を好きになるところだった…
「林さんって既婚者だったんですねえ~…知らなかった」
そう言いながら、ははは、と引きつった笑顔になってしまった
「いや、してた」
そう言って左手を見せて来た
…え
じゃあ
バツイチって事…!?
私は色々な新事実に頭が付いて来なくなった
ど、どう言う事…
「…なんで年齢嘘ついたんですか…?」
そして辛うじて、ふと疑問に思った事を口に出した
「年齢なんて、単なる記号でしかないから」
記号…
「あ…そう…ですか…」
その時の私は、彼がなんで年齢を詐称したのか意味がわからなかったが
歳を重ねていくうちに彼が何故そんな事を言ったのか
なんとなくわかるような気がした
最初のコメントを投稿しよう!