初恋

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初恋

 この地に引っ越してきてまだ間もない頃、僕は一人、図書館で本を読んでいた。  転校してきたばかりの小学校では、友達を作るどころかろくに生徒と話すことすらできず、放課後はすぐに教室から出て、そのまま図書館に来ていた。  本を読んでいる最中、僕は息抜きとして、たびたび窓から外を見た。  外は、雨が降っていた。引っ越す前に住んでいた四国の山奥の方では、雨が降るだけでも珍しいことなので、その時窓から見た景色のように強く激しく降る様子は、極めて新鮮だった。  初めて、雨の存在を意識した。初めて、雨を美しいと思った。 「あの……」 「は、はい」  窓から声をかけられた方向に視線を移すと、そこには図書館の司書らしき人がいた。 「傘、お貸ししますよ」 「え?」  その司書さんの手には、一つのビニール傘があった。  気づけば閉館の時間だった。この時間になっても図書館を出て行かないことから、僕が傘を持っていないことを察してくれたのだろう。 「あ、ありがとうございます。でも、傘の使い方が分からないんです」 「え?」  今度は司書さんが疑問に満ちた声をあげた。  そして、傘の開け方を教えてもらい、僕は赤面しながらそそくさと図書館を後にした。  少し歩いてから振り返ると、雨とドアのガラス越しに、うっすらとさっきの司書さんの姿が見えた。
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