─Bye Bye Blackbird

13/14
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「ジル。バイバイブラックバードをかけて」  寒い日に冷たい物を食べるのは趣きがあっていい。それこそが嗜みというものなのかもしれない。  レオはストロベリーとチョコレートのジェラートを手に持ちながらそんなことを言う。沢山遊んでお腹が空いた彼はもりもりとジェラートを食べていく。イーサンに買ってもらったジェラート。口元にたっぷりとチョコレートをつけてこちらを見上げる可愛い顔。そんな彼のおねだりにこちらも笑みが溢れ、持ってきたレコード盤を手品師のように取り出す。ぱぁぁ、と表情が明るくなるレオ。  ヘレン・メリルが歌う『バイバイブラックバード』が彼のお気に入り。レコード盤と同じく、レオに言われるだろうと用意してきた、移動式レコードを取り出す。針を乗せるとコントラバスの地を這うような音が流れてきた。そしてヘレン・メリルの歌声が聴こえてくる。  『バイバイブラックバード』は娼婦をしていた女性が親元に帰るという歌だ。レオにはまだ早いが、サビの──バイバイブラックバード。がお気に入りらしい。よく口ずさんでいる。  鳥の囀りと子供の嬉々とした叫び声の間からジャズが鳴り響く。甘美なひとときだ。 「楽しい? レオ」 「もちろん! がっこう休んであそべるなんてすっごくラッキーだよ。パパの誕生日はなにしてもいい日だからだぁいすき」  ふふっと笑うレオにおのずと笑顔が溢れる。彼の笑みがこの先も続けばいい。続いて欲しい。そう願いながら口元についたチョコレートを拭う。  クリスマスが近い。街は赤と緑と電飾で溢れている。家族(ファミリー)と過ごす最後のクリスマスはもうないのだと実感した。 「わりぃ。ジル、ちょいやらかした」  感傷に浸っていれば突如現れたイーサンの声に引き戻される。おちゃらけたような顔付きのイーサンに嫌な気配がした。レオをひとりで居させるわけにもいかない。レオをイーサンに託し、イーサンがやらかした(・・・・・)という物事を確認しようとベンチから立ち上がる。 「あそこ。物陰に死体」  レオに聞かれないように小さな声で呟いたイーサン。──やっちまったー。と言いたいような顔付きのそれ。その表情からして物陰に死体を作ってしまった(・・・・・・・・)という言葉が本来ならつくはずなんだろう。穏やかな日常を消し去るそれに、はぁ、とため息を吐く。そして、ゆっくりとイーサンが指定した場所に向かう。  そこには確かに死体があった。喉を掻っ切られ伸びた死体が物陰に潜むようにある。腕には注射の痕。そして仄かに香るドラッグの匂い。首を切られていなければただのジャンキーのオーバードーズに見える。が、事態はそれより厄介だ。  切られた首から舌が飛び出ている。いわゆる、コロンビアネクタイと言われる処刑スタイルだ。 「クリス? 悪いんだけど少々問題が起きてね。人員をこちらに寄越してくれる? そう。簡単な仕事だから誰でもいいよ。幹部なんて来なくていいよ。幹部なり損ないでいい。うん、よろしく」  あられもない姿の遺体を見降ろし、クリスティーナに連絡を取る。    なんでこうも、私の儚い日常を砕くかなぁ、私の相棒は……。しかもコロンビアネクタイは処刑スタイル。こんなジャンキーにする必要はないのに。 「ったっく。むごい男」  むごい、というよりは本能的な人間だ。さっきまで私に愛を囁いていた人間とは違う一面を持つ、ただの獣だ。  私は遊園地に来ている純粋無垢な子供に見つからないように、死体をより物陰に隠す。さすがに切れた首に近い頭を持つのは気が引け、足を持ち引き摺る。ズ…ズ…とコンクリートを這う鈍い音がこの遊園地に似つかわない。ジャンキーだったおかげで痩せており、女の私ひとりでも充分に動かせる死体だった。移動させたおかげで血の跡が一本線にコンクリートに付着する。後で洗い流さないとこの死体を隠した意味が無くなってしまう。  グロテスクに切れた喉は素人がしでかしたものではないことがはっきりと見てわかる。均等に力配分がされており、切り口は見事に綺麗だ。素人が切ると傷口の入り口は深く大胆だが出口は浅くなる。流作業で字を書くときと似ている。力が均等ではない証拠だ。これは違う。間違いなくイーサンがしでかしたものだ。 「処刑で死なずとも薬で死ねただろうに」  イーサンになぜ処刑スタイルをしたか問い詰めなければならない。けれど、たぶん、
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!