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この砂つぶのような0.45inの鉛がいつか私にぶつからないか、危惧している。──いや、ぶつかればいい。そう願っている。この卑劣者に。
〈……お、い!! おい! シェパード! ジル・シェパード!! 聞こえてんだろ?!〉
「こちら、ジル・シェパード。猟犬になり損なった牧畜犬でーす。どうぞー」
ザッザッ…と途切れ途切れに聞こえる音は、確実に苛立ちの色を込めて私の体内に流れてくる。今夜はプランLだから、集められた女すべてが腹の底で禍々しい思いを抱えている。女は女が嫌いだ。しかもスリーマンセル。女が奇数集まると面倒臭い。
ごろん、とコンクリートに背中を預け、夜空を見上げる私の鼓膜に響く、不快な音。煙草の煙は漆黒の闇に消え、その代わりとは言えないが、砂金を散りばめたような星が頭上に煌めいている。華氏30℉程度の寒さが肌をさす。
〈てめぇ!! 少しは助けるとかしねぇのかよ?! 見えてんだろ!〉
荒々しい呼吸音と共に降り注ぐ女の罵声。
体を起こし、スコープを覗くとポップコーンが爆ぜるかのように、建物内が騒然としていた。光と火の残像が流れるその先、その先頭を走る女は、忙しなく私に文句を垂れ流している。
片目を閉じ、スコープを覗く、ただそれだけの行為なのに、両目で見るのとは違う景色が見える。愛銃ブレイザーR93から見える景色。
私の仕事は他者よりどれだけ先を見通せるか。先手を取れるか。先へ、先へ。シェパードよりハウンドとしてどれだけ任務をこなせるか。
「なら、猟犬の成り損ないって言葉、撤回する?」
〈んなこと、今言っている場合か?! おまえ、私が瀕死の人間抱えてんの見えてねぇのか? クソなのか、その目はよ?!〉
元々、奴は口が悪いがこの状況が拍車をかけてそうさせているのだろう。スコープを覗く限りどうやら彼女は負傷しているようで、血が風を切って四方に飛び散っている。
仲間の奪還という今回の任務、私は後方支援に徹していた。こいつには支援していないと文句を言われそうだが、約6Kgのライフルを持ち、吐く息白く夜空にあがる暗闇の中、じっとその時を待っているんだ。少しばかり嫌味な態度を取りたくなる。
しかも、前日にハウンドになり損なったシェパードと苗字を揶揄われた。元々嫌いな人間なら尚更助けたくない。
「私から見たら今のおまえ、キスカムって感じだよ」
〈……覚えてろよ! 後で殺す!〉
「いいの? 私、あんたのド頭に鉛ぶち込めるんだよ」
無線機から、激しい舌打ちが聞こえてくる。
〈あぁ!! わかったよ! あんたは最高にクールな猟犬だよ! 私が悪かった!〉
スコープの中からは忙しなく弾丸を避ける女が見える。負傷しているだろう少年を抱え、すばしっこく逃げ回っている。トムとジェリーだ。愉快で腹が痛いね。
おぉ…。その負傷した肩でまだ撃てるのか……。さすがー。
〈ジル…、そろそろいいでしょ?〉
内心で茶化していると、ブチッと不快な接続音が聞こえてくる。それと共に流れてきたクリスティーナの諭すような声。無線機から聞こえるそれに、私は軽く舌打ちをする。私はクリスティーナのことを慕っているから、彼女からの言葉は無視出来なかった。
「オ…ケイー……。準備はいいですか? お姉様がた……」
レオに見せたいこの夜景もスマートフォンにおさめたし、まぁ、いいか。
ポップコーンのように爆ぜる建物からは想像もつかないほど、静寂に包まれた夜空。澄み切った、満点の星空をレオに見せたい。水銀が滴るように流れるこの空を彼に伝えたい。世界は沢山の美しいもので溢れているんだよ、と。
私はスコープを覗き込み、グリップをしっかりと利き手で包み込む。人差し指をトリガーに添える。十字に描かれた目盛り、レティクルに対象物を紛れ込ませた。
体の力を抜く。一呼吸整え、人差し指に力を込める。一瞬の反動、ライフルがバネのように後ろに跳ね、肩に当たる。
森の中で寝ていたであろう鳥たちが衝撃音に一斉に飛び立った。
着弾した後は条件反射でボルトハンドルを引いた。小指球でボルトを跳ね上げ、手のひらで後方に引く。手首を返し前方に押し下げる。コンマ何秒かのそのリロードで、5発装弾できる鉛の2発目が装填された。装填されると同時に空になった弾薬が薬室からカランと音を立て地面に落ちる。
スコープから見えるのは、脳天から血を噴き出したひとりの男が倒れる姿だった。硝子片が飛び散り、肉体に突き刺さる。
〈ジル! そのまま援護を〉
クリスティーナの言葉にもう一呼吸整える。
「こちらシェパード。了解」
殺意のない殺害。それにどれだけの罪があるのだろうか。やはり私は卑劣者だ。
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