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「スペンサー、紹介するわ。あなたが今夜命をかけて守る──……
「あなたは、アイビーやリリーなど花の名前を持ちそうですね。よろしくお願いします、スペンサーといいます」
生意気にもクリスティーナの話を遮って自身の話を始めた無礼な男。クリスティーナは大人だが、私はそうでもない。眉間にシワを寄せる。
「……イーサン、こいつなにが言いたいの?」
「おまえが花のように可愛いつーことじゃねぇ?」
頭から白いバスタオルを被り、差し出された手を見つめ、その次に男スペンサーを睨みつける。
「そういうことなら、クリス、こいつ気に食わない。外して」
「…わがまま言わないで。今夜のこと丹念に叩き込んだんだから。私の努力が水の泡よ」
バスタブの中で私のことを馬鹿にするかのような長いため息が聞こえてきた。大人気ない、とでも言いたげなイーサン。さっきまで8歳のレオにムキになっていた奴がそんな態度取れるのか。腹が立つな。
「シェパード」
「ラストネームじゃなくファーストネームを」
「シェパードって呼んで。生憎、可愛らしい花の名前じゃないから」
私は差し出された手を握らなかった。名前も教えない。今度はクリスティーナが浅いため息を吐いた。
「承知しました」
胡散臭い顔に貼り付けたような笑顔をこちらに向け、そう言い切る男。差し出していた手が潔く引っ込められた。イーサンに負けず美しい青い瞳を持つ目の前の男、スペンサー。ブラウンの髪の毛は清潔に短く切られている。
「そうだ、クリス。アメリアとマシューの怪我の具合は?」
「マシューは拷問に拷問を重ねられていて、今、意識不明よ。アメリアの話によると炭酸水で拷問を受けていたらしいから、意識が戻るまで時間がかかりそうね」
背中を固定し、頭を下に向けた逆立ちの状態で顔の上、あるいは口や鼻の穴に水を直接注ぎ込むことで急速に窒息を生じさせる拷問。それが水ではなく炭酸水。……さぞかし辛かっただろう。
私もしたことがある。水責めは冬に限る。寒ければ寒いほど効果的だ。水が肌を貫くように感じられるだろう。鋭利な硝子片にえぐられるような痛みだ。また布を使うこともある。十分に水が染み込んだ布を口と鼻に覆い被す。最長1分呼吸を阻害できる。
想像できる最悪をすべてかき集め、さぞかしマシューは凄絶な思いをしたんだろうと気を病む。いたましい。
「アメリアは軽傷ね。あなたの援護のおかげで大事にならなかったわ」
私を罵倒したアメリアはそう思わないだろう。
「……ジル」
私たちがどんな仕事をしているのか少しは理解できているらしいが、それでも恐ろしさが勝るのだろう。レオは強張った表情でこちらを見上げる。私のバスタオルの裾をきゅっと掴んでいた。
「ごめんね。だいじょうぶよ、心配ない。マシューとまた遊べるから」
レオの前で話すのはやめておけばよかった。強く後悔をする。
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