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今ではもう仲間が死ぬことに慣れていた。捕らえられ拷問されるか、留置所か、埋葬か。今回のマシューのことも数多あるうちのひとつに過ぎない。
私にとってはそうでも、レオにとってそれは違う。まだ理解できない年齢だ。子供扱いはしたくない。愛しいレオだから。けれど、こういう生死が絡んだ話は難しい。隣よりもすぐ近くにある死を説明するのは、人を殺すより神経を使う。
「つーかさ、人の部屋にノックも無く土足で入ってきて、邪魔しといてなに? 俺はゆ〜がなバスタイム中だったわけよ。そろそろ出て行ってくれるかな?」
生まれたままの姿でバスタブから出るイーサンは不機嫌にそう呟いた。傍に置いてあるバスタオルを手に取り頭からそれを被る。クリスティーナが、ノックはしたわ。と反論した。
「はい、散った散った。そのスペンサーって奴、くそ嫌いだから、俺から遠ざけといて。レオ、おまえは学校に行かなくていいのか? おまえ最近、算数のテスト悲惨だっただろ」
「きょうは学校やすんでいいってパパが言ったの! さんすうはだぁいきらいだから、イーサン、しゅくだい手伝って」
フルチン、さっきまで私の中で熱を孕んでいたたそれは見るかげなく、濡れる陰毛の中に収まっている。そんなあられもない姿で、父親のようにレオと戯れる。スペンサーを一蹴して、自身の寝室に戻っていくイーサン。きちんと拭かないから彼が歩いた場所は水溜りが出来ていた。
「…さっきからあんたたちはなんなのよ。さっき
言った通り今夜のことスペンサーに徹底的に叩き込んだの。なにが気に入らないのよ」
不服を全身に纏わせたクリスティーナは唇を尖らす。彼女はゴージャスなブロンドをふわりと揺らしながら怒りに身を任せる。家族ではないアルバイトが敷地内にいることが嫌だ。クリスはわからないのだろうか。
「あのなァ、ジルの背中を任されているのは俺なんだよ。どこから湧いて出た虫かしらねぇが今はじめて見せられて、ジルの警護するのか、わかった。とはならねぇだろ? それになにかあったところでジルはジルで自分の身くらい守れる」
「パパの──…
「パパの指示だろ? 分かってんだよ。あの人が家族を大切にしてんのはわかってんだ。けどな、正直うざったいだけなんだよ。ジルの接近戦の下手さ加減を知るのは命を共にした俺だけだ。フォローできんのもな」
ただの警護。今夜、パパのバースデーでお偉いさんが総勢に集まるからなにかがあるかもしれない。マフィアの首領や若頭が顔を突き合わせる。命を狙うなら今夜は適している。毎年毎年、パパは私たちひとりひとりに雇った警護をつける。パパからの、なにかがあれば私たちファミリーには盾がありそいつらを身代わりにしろという意味。ただそれだけ。
「ちなみにイーサンあんたの護衛もいるから。後で紹介する」
「ふざけんな……」
クリスティーナの限度も越したのか、嫌味ったらしくイーサンにそう告げた。不満そうにふん、っと顔を背けイーサンの部屋から出て行く。カルバンクラインの黒のボクサーパンツに足を突っ込んだイーサンは頭を抱えた。
「熱烈な告白ですね。今まで見てきたバディは片方の命を命だと思わない人が多かったです。すぐ棄てられる、価値の無いものでした」
スペンサーが舌を巻いていた。
「おまえ、ギャングしか護衛したことねぇのか?」
濡れた体は獣のように逞しく、雄々しい。他者を寄せ付けず、牙をむいて威嚇するその姿は、確かに相棒のそれだった。命を預けられるだけの器量、預けてきた数の信頼。豹のようにしなやかで、ライオンのように気高い。無駄が削がれた気迫だった。
「マフィアは家族を大切にすんだよ」
私たちはジェノヴェーゼファミリー。
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