届かなかった手の向こう

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 ***  闇が深い。  そんな言葉で、済ませていいことではないだろう。私は知る。いじめ、虐待、暴力――そういうものの被害に晒されているのは、何も子ども達だけではなかったのだということを。  私の通報を元に、警察はすぐに動いてくれた。そして彼等が突き止めた場所は、栃木県の山奥の小さなプレハブ小屋で。 『仕事でやってただけだ、仕方ないじゃないか!』  逮捕された男は、唾を飛ばしながら叫んでいたという。 『どいつもこいつもすぐに病気になりやがって、面倒かけやがって!一体てめえらを育てるのにいくらかかったと思ってやがる!!』  そこは、悪質なブリーダー業者の家だった。いや、家、と呼んでいいのかどうか。小屋の中は犬と猫の檻が積み上げられ、床は糞尿で汚れ、殆どの動物たちが病気と栄養失調で衰弱しきっていたのだから。  山の中であったせいで発見されづらく、異臭が近隣住民に気づくこともなかったのだという。庭置かれていたドラム缶の中には、焼かれたばかりの動物の死骸がまだ残っていて。庭からはざくざくと、死んだ犬猫の骨が掘り起こされているという。 『記録によれば三百以上は、犬と猫がいたみたいなんですけどね。……どうにか助けられたのは、まだ辛うじて生きていた五十八匹だけでした。中には後遺症が残る猫ちゃんワンちゃんもいるでしょう』  警察の人は、とても残念そうに私に語った。 『一匹、直前まで生きていたメスの猫ちゃんがいたんですけどね。残念ながら動物病院で亡くなったそうです。お腹の赤ちゃんもほとんどが駄目でした。不思議なことに、この子だけ鍵がかかった檻の外、事務所のパソコンのうしろに倒れていたそうなんですよ。助けでも、呼ぼうとしたんですかね……』  犬や猫たちに、名前はついていなかった。ただその猫は他の猫よりもたくさん子猫を産んでくれていたこともあって、業者の男達もアダ名のようなものをつけていたのだという。  下僕(げぼく)、なんて。救いも何もない名前だけれど。 ――だから、ぼくって、自分のことを言ってたんだね……君は。  夏が来る。  たった一匹だけ生き残った、彼女の子を引き取った私は考えるのだ。  今の自分に、未来の自分に。一体何が出来て、誰を救えるのかということを。
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