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 あれから6年半と少し。  薫が今でもあの夢を見るのかは訊いていないから分からないけれど、僕たちは今でもしょっちゅう泊まりあってる。週末はたいていどちらかの家で。薫のために始めた事だけど、薫はもう全然大丈夫そうだけど、薫も止めようとは言わないし、僕も止めたいとは思わなかった。  もうそれが当たり前で、何らかの用事が入って一緒に過ごせないとやけに淋しく感じた。  僕が生まれた時からずっとそばにいる幼馴染み。同級生だけど薫は4月生まれで、僕は3月生まれなのでほとんど一歳違う。幼い頃の一歳の差は今よりずっと大きくて、僕はいつも薫の後ろをついて歩き、薫は僕の手を引いて、あれこれと面倒を見てくれた。     それは長じた今もあまり変わっていない。  薫の中では、僕はいくつになっても世話を焼くべき弟的存在なのかもしれない。  カチャリと背後でドアの開く音がした。 「裕那、髪濡れたままでいたら風邪ひくぞ」  今日は金曜日だから、僕は当然の顔をして薫の部屋に泊まっている。  シャワー室から出てきた薫が僕の前に回った。僕は肩にタオルをかけて、薫のベッドの端に座ってぼんやりしていた。サイドチェストの上に、ドライヤーが出してある。 「うん…。分かってるんだけど…」  僕はボソボソと答えながらチラリと薫を見上げた。薫は軽く息をついて、僕の肩からタオルを取り「仕方のないやつだな」と言いながら髪を拭いてくれた。大きな手が頭を包み込む優しい感触。  風呂上がりの薫は温かくていい香りがした。  そして薫はドライヤーを手に取り僕の髪を乾かし始めた。薫の手が髪を揺らすのが心地いい。だからつい僕は、せっかく出してくれたドライヤーを使わずに濡れ髪のまま薫が出てくるのを待ってしまう。薫もなんだかんだ言いながら毎回僕の髪にドライヤーをかけるのだ。  仕上げの冷風が止まり、髪を梳いていた薫の手が最後に僕の頭をひと撫でした。 「これでよし」  そう言った薫は次に自分の髪を乾かし始めた。  やっぱり、薫にとって僕の世話を焼くのは日常なのだ。  僕は手のかかる弟のようなものなのだろう。  それでいいと僕は思ってる。  それが、僕たちの形だから。  ドライヤーの音が止まった。 「どうする?裕那。もう少し勉強するか?それとももう眠い?」  ドライヤーを仕舞いながら薫が聞いた。  中等部から高等部への進級は昨年のうちにもう決まっているのでその点は気が楽ではある。ただ、来週の期末テストの結果は高等部でのクラス編成に関わってくるので、それなりに皆気合が入っていた。  高等部は1年1組が選抜クラスになっていて、成績上位者が選ばれる事になっている。  薫は定期テストも実力テストも常に5位以内だから確実に1組に入るだろう。  僕も1組に入りたい。  薫と同じクラスになりたい。  中3の今は別々のクラスだ。事あるごとに「同じクラスだったらな」と思った。薫と思い出を共有できないのは淋しい。  僕の成績で1組は無謀ではないけれど、かなり厳しい感じではある。  でも考えようによっては、頑張れば同じクラスになれるのだ。クラス分けなんて、先生たちが僕たちの見ていない所で僕たちの知らない理由で決めているものだけれど、今回は少なくとも一つの基準が示されている。  それなら頑張ってみようと思った。  だから僕はいつも以上に授業を真面目に受け、予習復習にも精を出した。そして、 「薫と同じクラスに、1組に入りたいから、今まで以上に勉強を教えてほしいんだ」  と、薫に頼んだ。  このテストは期末テストと銘打ってはいるものの、高等部からの入学を希望する生徒のための入試と同じレベルの問題が出題される。昨年末のテストに続いて二度入試を受けるようなものである。テスト範囲も広いし、ここは薫に協力を仰ぐべきだと思った。まあ、普段から宿題もテスト勉強もしょっちゅう頼ってばっかりなんだから今更だけど。  僕からの改まった頼みに薫は少し驚いた顔をして、 「それは構わないけど、入った後も大変だぞ、たぶん」  と答えた。僕が「それでもいい」と言うと、なぜか少し困ったように微笑んで「分かったよ」言って僕の頭を軽く撫でた。小さい子を宥めるような仕草だと思った。薫は僕の成績を知っている訳だし「こいつ無茶言うなあ」と思ったのかもしれない。  ちょっと口惜しくて、でもだから絶対に良い結果を出そうと思った。 「もうちょっとやる。薫、さっきの問題もっかい教えて」  僕は勢いをつけてベッドから立ち上がった。二間続きの薫の部屋。元々は客間として使われていた部屋で、シャワー室とトイレも付いている。そのシャワー室と繋がった寝室から隣室に向かう。この部屋には4人で使うのに十分な大きさの机があって、ここで僕たちは宿題をしたりゲームをしたりしていた。  その机の、教科書を出しっぱなしにしてある僕の定位置に座ると、薫が右隣に座った。そこが薫の定位置である。  ゆっくり丁寧に教えてくれる薫の、低くなった声。僕はあんまり変わってない。そもそも薫と僕ではほぼ一歳違うし、体格も全然違う。朝比奈家は皆長身で、お父さんもお兄さんも180センチ超えなのだ。片や我が松宮家は小柄である。僕の家は古い日本家屋だけど、誰も鴨居の存在を気にしたりしない。  教えてもらった問題と同じ種類の問題を自力で解いて、見ていた薫に花マルをもらって、もう休もうかとなった。 「オレもすぐ行くから先に寝てな」  そう言われてフラフラと洗面所に向かい歯を磨いた。薫はカップやポットを片付けにキッチンへ降りて行った。  寝室の、年代物の大きなベッドに潜り込む。メンテナンスが行き届いているので、古くてもすごく寝心地がいい。  薫の匂いがする。  すぐにうとうとと眠気がやってきた。隣の部屋のドアが開く音を意識の遠いところで聞いた。  薫の立てる微かな音。  眠りに落ちる寸前に、薫が僕のそばで立ち止まった、ような気がした。
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