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「……改名しようかしら」
苺のスコーン、宇治抹茶を使用したマカロン、チョコレートフォンデュ……見事なアフタヌーンティーセットを口に運びつつも果報の顔は憂鬱だ。長いまつ毛が白い肌に影を落とす。
「この名前がよくないんじゃなくって?
いっそのこと薄幸とか悲報に変えようかしら」
「同じことを奥様もおっしゃっていました」
執事は紅茶を淹れている。某刑事ドラマよろしくポットから高めに淹れるのが彼は好きだった。
果報の母、幸福最上院遥奏多は果報とどっこいどっこいの幸福体質である。今は宇宙旅行に出ている。
「ある日奥様は『普通の人生を生きたい! もう幸福最上院平々凡々とでも改名するわ! 』とおっしゃって周りの反対も聞かずに改名されようとしました」
果報の前に紅茶が置かれる。アールグレイの香りがふわん、と広がる。果報はかすかに笑みを浮かべた。きっとこの瞬間紅茶販売元の株価は爆上がりしただろうと乱麻は思う。
「……で、どうなったの」
「役所に使いの者が行く途中、ある者は渋滞に巻き込まれ、ある者は吐き気と目眩を催し、ある者は急に方向音痴になり……たまりかねた奥様ご自身が出向こうと街に出た時に各国の国王、セレブ、大企業の役員、そのへんを歩いていた芸能人、ネコ、犬、ありとあらゆる生物からお茶会やら散歩やら申し込まれ、最終的には自衛隊が出動する騒ぎになったそうです。改名に関しては諦めざるを得ませんでした」
はぁ、と果報はため息をついた。
「――なら、最初から私を平凡な名前にして下さればよかったのに」
「それはできなかったでしょう」
「どうして?」
乱麻はにこりと優しく微笑む。
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