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第一章 ①救世主? 誕生!
ばーちゃん子だった俺が子供の頃に見ていたテレビは、いつも時代劇だった。
悪人をばったばったとなぎ倒し、カッコよく成敗する姿に目を輝かせて憧れた。
周りの友達が戦隊ヒーローの話をする中、俺はひとり、昨日の上様がいかにカッコよかったかを熱く語っていた。
自分も将来は悪代官を倒す上様になるのだと信じて疑わなかったが、それが過去の時代のファンタジーだと知った時は絶望を味わった。
仕方なく、今の時代に合った悪人を成敗する仕事として警察官を選んだ。
高校を出て警察学校に入り厳しい訓練を経て配属が決まった。いよいよ地域の平和を守るお巡りさんとして華々しい一歩を踏み出した矢先……。
夜のパトロールから戻り交番に入った瞬間、俺は何故か西洋の神殿みたいなところに立っていた。
真っ白な石で造られたような支柱がどどどんと立ち並び、目の前には祭壇みたいなものがあって、その奥がキラキラと光っていた。
終わった、と思った。
確かに想像以上に激務だった。
繁華街の玄関にあたる場所にある交番に配属され、新人いびりで有名な先輩が俺の担当になった。
悪人を倒すなんて憧れていたのは昔の話、実際は昼夜逆転もある肉体労働に、今どきこれかと思うくらいの書類仕事の山。
職務質問をした相手に頭がおかしいんじゃないのかと怒鳴られて、ぺこぺこと謝って、そのまま頭を下げてとぼとぼと帰ってきたところだった。
疲弊していた、という自覚はある。
まさか、疲労で頭のどっかが切れて倒れてそのまま……
もしかして、ここは天国ってやつか……
「そんなぁ……、この若さで俺、何も手にしてないのに……」
膝から崩れ落ちて、グズグズと泣き出した。
上様にはなれなくても、警察官として成り上がってやると燃えていたのに……。
『おー、来たか。悪いね、急に呼び出しちゃって』
「へ? 声が……?」
どこからか声が聞こえてきた。
辺りを見回したが、人の姿はない。
どこを見ても石で造られた柱や壁しか見えない。
『そうかたくならんでくれ、これはお前の世界で言うところの面接みたいなものだ』
「あ、はい。分かりました……って! ええ!?」
俺は何と話しているのか、周りにはやはり人はいないし、どうも頭の中で勝手に声が響いてくる気がして頭に手を当てた。
『驚くのも無理はない。ここは君が生きてきた世界ではない。ここは狭間、というのかな。我々、神と呼ぶのが分かりやすいかな。神が管理している場所なんだ。ちょっと話があって来てもらったんだよ』
「え? あ…あの、俺は……死んだ、ということですか??」
驚きとかを通り越して、言っていることが理解できなくて、とにかくまず一番重要なことを口に出した。
『死んではない。肉体はそのままだろう』
その理屈がよく分からないが、とりあえず自分の体を見回してみたが、いつも見慣れた自分の体でさっきまで勤務していたので警官の制服を着ていた。
『君は……ええと、クズ・ノキリヒト、でいいか?』
「……楠木理仁です」
『あー、リヒト。実は頼みたいことがあって条件に合う人物を探していたんだ。君はその条件にピッタリ当てはまった。上手くいけば輝かしい成功を約束しよう、どうだね?』
頭に響く声は、いよいよ訳の分からないことを言い始めた。
きっとこれは悪い夢なのだろう。
適当に付き合っていればそのうち目が覚める。
その時はそう簡単に考えていた。
『ほどよい正義感と野心、そして丈夫な体、これが条件だ』
神とかいう声が話してくれたのは、悪夢にしたってお粗末で気が抜けるような条件だった。
いい加減立っているのも疲れたので、俺は座り込んでぼけっとその話を聞いていた。
「えーっと、その条件だとほとんどの人が当てはまると思うんですけど」
『重要なのは正義に憧れる心だ、お前はそれが人より少しばかり高い』
トクンと心臓が鳴った。
それは俺の根幹にあるが、日々生きることで精一杯で、奥深くに仕舞い込んで、すっかりその存在を忘れかけていたからだ。
『お前には悪人が増えすぎて崩壊寸前の世界に行ってもらい、悪人達を成敗してもらいたい』
「せ……せいば…い」
懐かしい記憶が蘇った。
正義のヒーロー達はいつもカッコ良くて、刀を振り回してあっという間に悪者達を倒していく。
そして悪を懲らしめて一件落着。
最高に気持ちいい俺の原点。
一気に胸がギラついて激っていくのを感じた。
「神さま、話を詳しく聞かせてもらおうか」
『お前…分かりやすくやる気出たな…』
なぜかちょっと呆れたような声がしたが、神とやらは俺をここに召喚するに至った詳しい事情を話し始めた。
『我々は世界を創造し、見守り続けるのだが、担当する世界に異変が起きたら対処しないといけない。悪人ポイントというものがあってそれが高くなり過ぎた世界は淘汰されないといけなくなるのだ』
「は…はあ……ポイント。……淘汰って?」
『つまり天変地異を起こして世界を消滅させて、もう一度始めから創り直さなければいけない。それがな……すごーく大変な作業なんだよ。色々と消耗するし、書類を出さないといけないし…残業時間が……』
おいおい神さまもブラックかよと思いながら、やけにリアルな夢だなとため息をつきそうになった。
『と、いうわけで。それを事前に防ごうと私は考えたわけだ。そこは悪人が増えすぎた世界でな、もちろん良い人間だって存在するがこのままだと全員まとめて消滅寸前。そこで、お前だ。お前には世界にはびこる悪人達を成敗して欲しい』
「わぁーお! なんて俺好みの素敵な夢」
『……なんだ、まだ夢だと思っているみたいだな。まあ、話を進めると、ここに悪人リストがある。大中小と並んでいて、それぞれ成敗するごとに世界の悪人ポイントが下がって善人ポイントが上がる』
俺の前にバサッと紙の束が落ちてきた。手に取って見るとそこには、大中小グループごとに名前らしき文字がズラリと並んでいて書かれていた。
「へぇ、つまりコイツらを殺していけばいいんですか? いや……相手がいくら悪人でも……俺、警察官ですよ……殺人はちょっと……。しかも凄腕の暗殺者みたいなスキルが必要ですよね? 一般的なお巡りさんの俺には無理だと……」
『私にはお前の身体的能力で一番秀でたものをひとつ極限まで上げることができる。それを使って悪人を成敗する。心配するな、成敗してもヤツラは死ぬわけではない。成敗された瞬間に善人に変わるんだ。もともと影響力のあるヤツラだからな、世界を良くするために動いてくれるようになる。そうすればおのずと善人ポイントが上がる』
「お…おっおおおっ、それは、ちょっと楽しそうに思えてきちゃった」
俺が手をグーにして立ち上がったのを、どこかで見られていたのか頭の中でクスリと笑われた。
『興味が湧いたようだな。もっと良い話をしてやろう。悪人ポイントが理想値まで下がったら、任務は完了。成功報酬としてお前を元の世界で警視総監にしてやろう』
「はっ……、けっ…警視総監って……。あのね、神さま。俺は高卒のノンキャリですよ。どんなに頑張ったって出世なんてたかが知れて……」
『私を誰だと思っている。私だからこそ可能なのだ』
「可能なのだって……はっ…はははっ、冗談にしては……センスが……」
まるで俺の願望を夢として見せられているみたいだ。幼い頃からの憧れ、大人になって期待とはちょっと違った現実。
じりじりと、ほどよい俺の野心が疼き出してしまった。
『信じるかどうかは、お前に任せる。拒否すればここの記憶は全て忘れて、元の世界の職場に戻り、変わらない生活が待っている』
なんて壮大でバカみたいな夢だ。
それでも俺の頭には、白馬に跨って高らかに笑う上様の姿が思い浮かんできてしまった。
そしてたくさんの部下を後ろに従えて、その中心を歩く権力の最高峰についた俺の姿を……
「やる……、俺、やります! 悪人を成敗したい! ずっと憧れだったんです!」
『よし、任せたぞ…リヒト』
夢か現実か幻か、ハッキリしない状況だが、俺は疼き出した気持ちに背中を押されてやると言ってしまった。
その瞬間足下が光出して俺は温かい光に包まれた。
『お前の一番秀でた能力を最大に引き上げた。この能力でお前に勝てる者はいない。任務が終わった後も効果を継続させてやろう』
「す…すげぇ、力が湧き上がってくる感じがする。何が? 何が強化されたんですか?」
『ん?……これは……』
「あれかな、射撃の腕ですか? んークラスでは、最下位だったと思うんですけど……」
『……銃は存在しない。お前の世界で中世のヨーロッパくらいをイメージしてくれ』
「という事は! 剣ですか!? 俺の憧れのばったばったとなぎ倒す系が……、それとも頭脳ですか! ついに俺も頭脳戦で相手を追い詰めるようなインテリジェンスな戦いが……」
どきどきして胸の高鳴りが抑えられない。
勉強も運動も平均を走り続けた俺が、ついにソードマスターと呼ばれる時代がきたのかもしれない。
『ひとつ聞くが、お前の性的指向は?』
「は? それ、今関係あります?」
『ある』
「……ゲイですけど、悪いですか?」
『なるほど、ではタチかネコかは?』
「絶対関係ないですよね!! 神さまが何の興味ですかっ! ネコですよ……」
『……ほうほう、目覚めたのは中学の時、今まで付き合ったのは二人、二人とも相手からフラれて失恋、今は彼氏なし』
「だーーー! 俺のプライバシー!」
姿が見えないので叫んでも仕方がないのだが、頭を掻きむしってやめろと暴れた。
『なら、問題なさそうだ。お前の能力は決まった。スキル超名器、その名も悪人成敗世直しア◯ル』
「アホかっっ!!! フザけんな! バカにするのもいい加減にしろーーー!」
『私のせいではない。お前の一番秀でていたところがソコだったんだ』
「………はい!? た…確かに、元彼には見た目はいまいちだけどケツの締まりはいいって言われて………は? ……え? まさか……本当に……」
『頼んだぞ。名器を使って悪人達を善人に変えてくれ。お前のア◯ルで世界を救うんだ』
やっぱりひどい悪夢だった。
そう思って頬をつねってみたけれど、リアルな痛みだけが返ってきた。
まさかこれは夢ではないのか。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
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