② 悪人を成敗せよ

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② 悪人を成敗せよ

 ギラギラと太陽の光が眩しい。  乾いた大地に強い風が吹いてきて砂埃が巻き上がった。  見ているだけでむせそうで、俺は口元に首に巻いた布を深く覆い直した。  暑苦しいマントを脱ぎ去ってしまいたいが、こんなところで姿を晒すのは自殺行為だ。  元の世界では特にイケメンでもなかったし、平凡な容姿で誰かに特別褒められたこともなかった。  それがこの世界ではある理由のせいで目立ってしまうので、どこに行くにもフード付きマントが欠かせない。  この暑さも動きづらさも、全てが面倒に思えてきて投げ出したくなった。  いや、今更だ。  この世界に来た時から、俺はもう帰りたくてたまらなかった。  赤茶けた石造りの異国の町、歩きづらい石畳を黙々と進んで、裏路地に入って少し歩いたところにある建物まで来たら簡素な木のドアを押して中へ入った。 「おかえりー、リヒト。収穫はどうだった?」 「……ああ、いたのか、スネイク」  薄茶色の短髪に両耳は派手なピアスで穴だらけ、顔にもピアスが多数。名前と同じで爬虫類みたいな目をした悪人顔の男が、奥の部屋からヌッと顔を出したので一瞬ドキッとしてしまった。 「お前の調べてくれた通り、取引のために店に顔を出すらしい。今夜動くつもりだ」 「了解。今日も忙しいね、頑張って」  眼光は鋭いくせにヘラヘラと笑うこの男が、いまだに突然変わってしまいそうな気がしてなかなか慣れない。  この家に転がり込んでからずいぶん時間が経ってしまった。 「お昼食べるよね? スープができてるから。俺これから仕事だからさ、よろしくー」 「ああ、ありがとう」  向こうにとってはただの友人か仲間、俺もそのつもりだが、少し気まずいものがある。  スネイクは荷物を持って軽やかな足取りで出て行ってしまった。  その後ろ姿を見ながら、ドアが閉まった音を聞いて俺は小さくため息をついた。  さっきの男、スネイクはリストの小悪人に名前が載っていた人物で、俺がこの世界に来て初めて成敗した男だ。  俺だって色々あって葛藤してここまできた。  とにかく途中でドロップアウトは禁止。  嫌だ嫌だと言っても、元の世界に帰るにはやるしかない。  神に話を聞いた時、俺はまだ夢だと思い込んでいた。  しかし、辺りが暗闇に包まれて、目の前に見える光に向かって走って、気がついたらこの世界に来ていた。  ここは、そう、神が崩壊寸前と言った異世界。  俺はやりますと宣言したことで、夢ではなく本当に異世界を救うために投入されてしまった。  今でも長い夢だという気持ちは捨てきれない。  今俺がいるのは、カレイド王国の首都にあるカンソンという、平民が多く暮らす地域だ。  神が言っていた通り、文明的には元の世界でいうところの中世のヨーロッパくらい。  だが、この世界には魔法という特別な力が存在して、それが人々の暮らしや生活に根付いていた。  カレイド王国は百年前に世界を統一したが、かつての平和な国も今は昔。  現国王アーノルド十三世は狂王と呼ばれ、政府の高官や役人も腐りきっていた。  生きていくには悪になるしかない環境では、当然のように次々と悪人が現れて、毎日至る所で騙し騙され殺し合いが起きるという、とにかく殺伐としたひどい世界だ。  神からは悪人リストの他に、ある程度の世界の情報とわずかな魔力が与えられた。  この世界の人間は誰しも魔力を持っていて、暮らしていくには必要だからだ。  例えば火を起こしたりするのも、魔力を注いで行うので何もないというのは死活問題だ。  一般的な人間が持っているのはその程度の魔力で、攻撃したり何かを召喚したりするような上級の魔法に関しては、選ばれたごく少ない人間しかできない。  それに俺は攻撃能力についてはさっぱりだ。  攻撃魔法はもちろん使えないし、剣や打撃系の力も何一つ授けてもらえなかった。  ひどい話だと思う。  この世界に転移されて、リストにも載っていないようなチンピラに初っ端から追い回されて捕まえられた。これは金になると言われて奴隷市場に売られそうになって危うく逃げ出したのだ。  悪人だらけと聞いていたが、最初からハード過ぎだろうと嘆くしかなかった。  そんな俺ができることと言えば、例の世直しスキルのみで……。 「なんだ? お前……俺に何の用だ?」  男が酒を飲んでいる席に近づくと、すぐに気配を察知されて、男の部下が俺にナイフを突きつけてきた。  まあ、こんなものは序の口だ。 「アンタが、ジェイコブだな」 「ほう……、俺の名を知っていて堂々と近づいてくるとは、刺客にしてはのんきなやつだ」 「殺しにきたわけじゃない。俺を一晩買わないか?」  酒を飲んでいた男の手が止まり、ジトっとした湿り気のある視線が俺の上から下までを這った。  品定めされたのだと感じた。 「男娼か。男は面倒だからいらない。だいたい小さくて女みたいな男ならいいが、お前はデカくて抱き心地も悪そうだ」  そんなナリじゃ金なんて出せねーなと言って男は部下と共にゲラゲラと笑った。 「……そうか、腹を空かせていそうだと思ったのだが、間違いだったようだな」  俺はゆっくりと手を伸ばして、深くかぶっていたフードを下ろした。  俺を見た男はあんぐりと口を開けて、持っていたグラスを手から落とした。  机の上に転がったグラスから酒が溢れて床にぽたぽたと落ちた。 「おっ…おまっ…魔力溜まりか!?」 「手っ取り早く金が必要なんだけど、他をあたるよ」 「ちょっ! ちょっと待て! 話を…! 話をしようじゃないか…、そっ、そうだな…上の部屋で……」 「親分!!」  俺を見る男の目に、明らかに欲望の炎が宿ったのが見えた。  部下が慌てて止めに入ったが、聞く男ではないだろう。 「心配なら俺の手を縛ればいい。必要なのは後ろ……だけだろう?」  男と部下までもが俺を見てゴクっと唾を飲み込んで喉を鳴らした。  ここまではもう慣れたものだ。  毎回こうも同じ手でみんな釣れるのでいい加減飽きてくるくらいだ。  俺の目的は悪人リストに載る悪人を成敗することだ。  方法は単純だ。  俺に授けられたスキル、超名器世直しア◯ル。  悪人をそこへ誘い込んで挿入させればクリアだ。  後は俺の名器が、俺自身はどうなっているのか知りたくもないが、やつらのイチモツをあっという間に飲み込んで昇天させる。  果てた瞬間、悪人達から悪意が消滅し、代わりに善意が満ちて、中身が生まれ変わる。  世の中の悪意ポイントが減って、善意ポイントが上がれば仕事は完了だ。  俺はほどよい正義感と野心のおかげで、この仕事をほいほい引き受けてしまった。  今でも後悔しているが、とにかくヤリきらないと帰れないので、今は割り切って淡々とポイント稼ぎに徹していた。 「おい……そんなガッつくなよ」 「う、うるさいっ、魔力溜まりとヤるのは初めてなんだ。ははっ、やばい勃起しすぎてイテェ」  男はリストの載っている中悪人のジェイコブ。  いかにも悪い人相をした中年の男だ。  主に貴族を相手としている人身売買の組織のボスで、各地から子供を拉致してきて売って金にしている。  中悪人クラスになるとあまり姿を現さなくなるので、探し出すのに苦労した。  話し合おうなんて言っていたくせに、部屋に入るとジェイコブは俺の手を脱がせたシャツを使って乱暴に縛ってきた。  その間も俺の匂いをクンクンと嗅いで涎を垂らしている。  気持ち悪いことこの上ない。 「前戯なんていらない。すぐに突っ込めよ。欲しいんだろ?」 「はははっ、欲しいのはお前だろう、この淫乱が! なんだっ、なかユルユルじゃねーかっ、……もしかしてさっきまで別のを咥え込んでたのか?」 「ふーん、ちゃんと準備しようとしたのか? 悪人にしては優しいじゃないか。こっちはもう準備できてる、さっさと挿れろ」  ジェイコブはまず指で俺の名器の具合を確認してきた。まあ、優しい方だ。  もっと暴力的なやつはズボンを引き裂いてすぐチンコをねじこんでくる。  こっちが怪我をしようがどうでもいいというヤツらばかりだ。 「魔力溜まり……たまらねぇぜ……」  ジェイコブが口にする魔力溜まり、それこそ俺がこの世界に来てから大変な目にあった原因でもあり、この仕事をやり遂げるための重要な武器だ。  この世界の人間にはみんな魔力があるが、それは必要最低限のもので日々の生活で使い切ってしまう。魔力がなくなると自然回復するが、それまでは体力や気力は減退し、動くことも億劫になり使い物にならなくなる。  それをカバーするのが魔石だ。  金より貴重で高値で取引される。  高山にある洞窟などで採れるらしいが、魔石を利用するとそこから魔力をもらい即回復することができる。  ただし魔力が底をつくとただの石に戻ってしまうので使用に制限がある。  そしてもう一つ、いわゆる増強剤のような効果を持つのが魔力溜まりと呼ばれる特異体質を持った者だ。  この世界では魔力が強い者ほど濃い色の髪をしていて、黒は最も強い色で、なおかつ黒い瞳であると他者にも魔力を明け渡す力があり、魔力溜まりと呼ばれる。  一般的な人間はほとんどが薄茶の髪と薄茶の瞳をしている。  つまり、元の世界では一般的な容姿である黒髪黒目の俺は、この世界では稀有な存在らしい。  魔力溜まりは魔石の人間版みたいなもので、男も女も生殖器を合わせる行為、つまりセックスによって相手に魔力を渡すことができる。  魔石との違いは、自分が本来持つ量を超える大量の魔力を一気に受け取ることができて、しかも魔石と違って際限がない。  一度手にすれば魔力溜まりが死ぬまで魔力を搾取し続けることができる。  しかも採取のための行為は、味わったことのない快感を得られると言われている。  その存在は天然記念物もので、誕生とともに国の管理下に置かれて、やがて王族や高位の貴族に飼われることになるらしい。  ただ死ぬまでとは言うが、無理をするからほとんどが短命で亡くなっているらしい。  それがこの世界の魔力溜まりと呼ばれる者達の話だが、実際のところ俺はそうではない。  転移してきたのでたまたま似ている容姿ではあるが、似ているだけで俺にはわずかな魔力しかない。  人にあげるなんてとんでもない。魔力量が少ないので、生活に必要な分以外でちょっと走っただけでかなり息切れしてしまう。  偽物であってもそんなのはどうでもいい。  俺の仕事で、重要なのはその見た目だ。  相手を誘うとしたら、この見た目は最大の餌であり武器になる。  どうやらこの世界の人間には、黒髪黒目というのはかなり性的に魅力があるらしい。  とりあえず外見を晒せば、悪人がほいほい釣れるのでこれまで上手いことやってきた。 「うおおおおおっ…なっ…なんだ、お前…、なんて孔してんだっっ…お、お、おっ、溶ける…ひぃあああっ…おかしく…な…」  俺をベッドに転がして、覆い被さってきたジェイコブは、俺の中に遠慮なくズブズブと挿入ってきた。  そして他の者と同様、すぐに名器の効果に酔って目がイッテしまった。  涎を垂らしてガクガクと揺れだした。 「ふん……、威勢のいい親分さん。ちょっと早くないか? 挿れてすぐイくのかよ」 「ひいぁぁあっっ、だめだ…逝く…逝く……死ぬ…死んでしまうっ…おおおっお、おっうううおおおっ」  悪人達とのセックスで俺は快感なんて得られない。どいつもこいつもすぐ突っ込んで終わりだし、俺はオナホ状態でただ果てを待つだけ。  今日もうるさいなと思いながら、尻の奥に熱い飛沫を感じた。 「あ……あっ………ぁぁぉ……」 「オッサン、イったな。これからはどーすんだ?」 「……善き人間として……生きます」 「あっそう。起きたらちょっと頼みたいことがあるから、言う通りにしろよ」 「わ…わかりました」  ジェイコブは目を白目にして後ろに倒れた。  ヤツが出て行ったら俺の名器の中は勝手に光って浄化してくれる。汚いオッサンでも耐えられるのはこのおかげ、便利なもんだ。  頭の中に成敗という憧れの上様の声が聞こえる気がする。  この瞬間だけは気持ちが良くてたまらない。  もちろん、精神的な快感の方だ。  悪人リストを取り出したら、ジェイコブの名前の上に線が入り、世界の悪人ポイントが下がっていた。と言っても中悪人では大した減りではない。  こいつらは悪人なのでこれで今までしたことの罰を受けたのかといえば、なんとも言い難い。  ただ本来の人格は奪われて変わってしまうのと、今後の人生で一切悪事を行うことができなくなるので、そういう意味では罰の範囲ではあるように思えた。  こいつらは成敗が終わるとこの行為の記憶を無くす。  そして俺には友好的になり、友人、仲間として接してくる。  仲良くなんてしたくもないが、悪人同士の横の繋がりを調べるのに駒として利用させてもらう。  正直、俺が元々ゲイでネコでなければ、こんなスキルは耐えられないだろう。  というか、それでも俺だって相当悩んでこの境地にいたるまで大変だった。  まあ、そこを抜ければ覚悟を決めてヤルしかないと吹っ切れはしたのだが。  この世界に来たばかりの時は腑抜けていたが、俺もだいぶ成長したなと思う。  神は俺のプライベートを探った後、問題ないと言っていた。  それはつまり、俺がスキルをまともに使えるかということの確認だったのだろう。  このわけの分からない異世界では、同性愛に対して偏見がない。  ほとんどの人間がバイで、完璧な異性愛者の方が少ないらしい。  詳しくは知らないが、人の妊娠や出産なども魔法で管理されていると聞いた。  俺にとっては偏見とかどうでもいいが、仕事をしやすい環境である方が何事もスムーズに進むから楽だ。  オッサンのいびきを聞きながら、俺は椅子に引っ掛けて手枷のシャツを外してから自分の服を直した。  オッサンが起きるまでしばらくかかるので、椅子に座って悪人リストをペラペラとめくって眺めた。  悪人リストの最後のページには、スキル世直し名器についての説明文が書かれている。  もう何度も確認のために見ている。  そして何度もそこで目が止まる。  世直し名器についての注意事項。  一、相手が悪人ではない場合、成敗はできない。  二、相手に恋愛感情がある場合、成敗はできない。 「はっ、俺を誰だと思ってんだ。くだらないこと書きやがって」  バカにするのもいい加減にしろと、俺はリストの紙をベッドに放り投げた。  誰が悪人なんかに。  そう思いながらどっと疲労が押し寄せてきたので、椅子にもたれて目を閉じた。  □□□
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