③首を洗って待っていろ

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③首を洗って待っていろ

「はぁ………」  眉間に皺を寄せて自室の椅子に座っていたら、俺のため息を聞きつけたのか、部屋の入り口からスネイクが顔を出した。 「疲れてる? ほい、これでも飲みなよ」 「ああ、悪いな……」  コトンと机の上に置かれたのは温かいミルクだった。  一口飲めば疲れが癒やされていく。  ヘラヘラと笑いながらベッドに座っている男、スネイクだが、最初会った時は俺を血走った目で睨みつけてきた。それを昨日のことのように思い出す。  この世界に転移してすぐ、魔力溜まりを捕まえろとチンピラ達に追いかけ回されてひどい目に合った。  このままだと命がいくつあっても足りないので、すぐに対策を練り直した俺は、リストの中の悪人をまず調べることにした。  リストの名前に触れれば、その人物がどこに生息していてどういう悪人なのかというのが頭に浮かび上がってくる。  俺がまず目をつけたのがスネイクだった。  異国の地に降り立って、まず必要なのは情報だ。  スネイクは情報屋で、偽の情報を流したり、悪人相手に情報を売ったりして金にしていた小悪人だ。  実際に会ってみると、俺より小柄で手足も細く、名前の通り蛇のような男だったが、金になる情報があると声をかけた。  最初は勝手が分からず、ひどくぎこちなく寝てみないかと誘ったが、案の定睨まれてしまった。  チンピラ達から姿を隠すために頭から布をかぶっていたが、姿を見せろとそれを剥ぎ取られた。  その時スネイクもまた、魔力溜まりだと俺を呼んで急に態度が変わった。  後はまあ、知らないやつとなんか色々と抵抗があったが、なんとか最初の成敗が完了した。  俺のスキルで成敗が終わると、いわゆる賢者タイムに俺が命令をすれば、成敗した相手はなんでも言うことに従う。  俺はスネイクに衣食住と情報の提供と、仲間として俺の目的のために他言無用で力を貸すことを命じた。それ以来スネイクは俺の手足になって動いてくれている。  そして、この世界のことを教えてもらい、相談相手としても役に立っている。  時々、この関係が作られたものだと感じて、スネイクの優しさに居心地が悪くなることがあるが、そんなことは言っていられなかった。 「あー、マジでなんで俺こんなに体張らないといけないんだよー。射撃だったら苦労しなかったのにぃぃ」  机に突っ伏して文句を言っていると、ベッドに座っているスネイクがクスクスと笑った。 「でもリヒト頑張ってるよ。ほら、小悪人はかなり減ってきたし」  スネイクは協力者になったので悪人リストを見れるようになった。他の人間にはただの白い紙に見えるようにできている。  小悪人が減ったところで、上をつぶさないと次々と新しいのがリスト入りしてくるので、それもまた悩ましいところだった。 「……だいたいこれで本当に世界が救えているのか疑問だ。俺がやってることなんて……」 「あっ、善人ポイントが増えた。この前のジェイコブが、孤児院を作ったらしい。孤児を積極的に受け入れて、自ら職員として働くって文字が出たよ」 「おー、頑張ってるみたいだなぁ、よかったよかった」  リストの上部にはポイント欄が付いていて、現在値を確認できる。  俺が成敗した元悪人達が善行に励むと、その分善人ポイントが増える。クリア条件は悪人ポイントが減ることだが、善人ポイントの変化は実は重要でこっちがじわじわ伸びてくると、悪人ポイントが下がるという現象が起きるらしい。  が、今のところその兆しはない。 「……やっぱり、このままじゃ埒が明かない。上を叩かないとだめだな」 「それじゃあ、いよいよ中悪人の上層部に挑むんだね」 「ああ、そのために人身売買組織の人間を中心に成敗してきたからな」  先日成敗したジェイコブもそうだが、俺は人身売買の組織に属する小悪人達を掌握してきた。  手当たり次第に体を張っていたわけではない。  大物に近づくためには、まずその世界に入り込まないといけないのだ。  チンタラ中悪人をつぶしていても終わりが見えない。  結局は大元である頭をつぶさないと意味がないのだと嫌というほど理解した。 「目指すのは大悪人だけど、そこに近づくためには、同じ階層に行く必要がある。小悪人程度が集まるようなものではなく、選ばれた人間だけが集まる場所に潜り込む必要がある」 「やっと貴族のお出ましだね。今までの悪人とは種類が違うから気をつけて」  スネイクには今まで世話になったが、ここからは一人で動かなければいけない。  途中で連絡を取り合うことはあるかもしれないが、俺が任務を完了して元の世界に戻ることになったら、スネイクとはもう会うこともない。  元の世界に戻ったら、成敗したやつらからは俺の記憶は消えるらしい。  これでお別れかと思うと、利用するだけ利用してきたからか、元悪人とはいえなんとなく胸が痛んだ。 「困ったことになったらすぐに逃げておいでよ。逃げ場所は確保しておくから」 「ありがとな、スネイク」  力の制約で仲間となった相手だが、もしかしたら友情が芽生えていたのかもしれない。  そこまで考えてバカなことをと俺は首を振った。  悪人達にはなんの感情も持ってはいけない。  俺とは別の世界の人間。  そう思わないと、やっていけない。  俺は静かにひとり、前を見据えた。  この悪人リストというやつは、ただ凶悪な犯罪者から上に並べられるわけではない。  この世界にだって人殺しが好きな異常犯罪者、殺人鬼はごろごろいるが、そういうやつはリスト入りしていない。  世界に悪い影響力があるかどうか、それがリスト入りの基準で、大中小グループでの順位を表している。  つまりこのリストの上にいるからと言って、残虐な行為をするサイコパスな悪魔、というわけではない。  大悪人は数名しかいないが、いかにもな犯罪組織のトップから暗殺者、魔塔の魔術師、王族や役人などの名前が並んでいる。  彼らはその存在自体に影響力があり、他の悪人を生み出すことなる。だからこそ大悪人としてリストに君臨している。  そういうことだから、リストの中悪人の上部はほとんど貴族の名前が占めている。  ジェイコブは中悪人の下部だ。ただの下町の犯罪組織の親分はこんなものなのだろう。そこに権力が加わることによってより大悪人に近くなる。  今まで俺は貴族を相手にはしなかった。  俺がいるエリアは、平民のしかもゴロツキみたいな連中しか暮らしていないからだ。  お貴族様をこんなところで見かけることはない。  次に俺が目指すのは、王都の中心部、貴族が暮らすエリアだ。  そこへは、もちろん貴族でなければ自由に行き来することはできないが、例外はある。  それは俺自身が餌となり、悪の巣窟に飛び込むということだ。  ……そして返り討ちしてバクバクと食い尽くしてやる。 「待ってろ! 悪人どもめ!」 「リヒトって……文句言うわりにはノリノリだよね」 「うっせー! じゃあな、スネイク」  世話になったなと言ってマントを翻しながら出ていく俺を、スネイクは手をひらひらさせながら見送ってくれた。  こうなったら大物をぶっ倒して、華々しく帰還してやる。  俺を桜田門が待っているんだ。  意気揚々と外へ飛び出した俺に、強い向かい風が吹いてきて飛ばされそうになった。  それはまるで、この後俺を待ち受ける現実を表しているかのようだった。  □□□
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