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 夕方になって、エルムに言われて一足先に屋敷へ戻ると、書斎から大きな声が漏れていました。 「あの娘が欲しいんだ!」  エルムのことでしょうか? それともイヴ?   どちらにせよ、ウィリアム様も2人も、嫌な顔をしそうだなあ。 「『仕事』のことを知らない──この家のことを知らない田舎娘なら誰でもよかったんだろう? いいじゃないか。僕はアレが欲しい」  聴かないほうがいいんだろうな。  わかっているのに、耳をそば立ててしまう。 「観賞用にピッタリだ」  ──やっぱり、そうですよね。  『わかるんですよ。18年間も視られてたら』  『言ったでしょう? わかるんですよ』  わかってしまうんですよ──。 「見世物じゃ、ないんだけどな」  ぼそりと、呟いた声は、ドアの向こう側には届かなかったみたいだ。 「奥様?」 「エルム……」  通りかかったエルムに、静かにするよう合図をし、ドアを指さすと、中からは相変わらずエドワード様の興奮した声が聴こえてくる。  経験者……故に察したらしい……「吐きそう」と、ばかりに顔をしかめた。 「だから言ってるだろ? 新しい女はこっちで用意するって」  その言葉が合図かのように、エルムは私の手をとり──私はエルムに手を引かれて走った。  連れられていったそこは、知らない部屋でした(まあ、まだ屋敷の中を把握しきれていないのだけれど)。  私たちは息を荒くして、しばらくその場に座り込んでいました。  そのついでに麦わら帽子を返そうとしたら、どうも走ってきた時に、どこかに落としてきてしまったようで「本当にごめんなさい」と、謝ったら、エルムはけろりとして「後で拾えばいいだけ」と、笑った。 「相変わらずぅ、変態だったみぃたいですねえ」  エルムは大きなため息をついた。 「ボクたちはぁ見世物じゃぁなぃんですけどね」 「あ──」  私が思ってたことを、当たり前のように、エルムは言ったのです。 「奥様もぉ、そぅ思いませんかぁ?」 「……思、う。思い、ます」 「でぇすよねえー」  あはは──と、エルムは声を上げて笑った。  そういえば、と私は思い出した。  エルムは、私のことを値踏みしませんでしたね。
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