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……今、私は「献上品」として、あるお家に嫁いできました。
私の家は、今流行りのいわゆる「没落貴族」というやつで、経済的にも精神的にも大変困窮しているようです。そうでなければ──「殺し屋貴族」の家なんかに、娘を嫁がせないと思います──。
「殺し屋貴族」──ブラッドリー家。よくわからないけれど、人殺しで財を成して貴族になったとか……。詳細な情報は一切外に漏らさないことから「謎の貴族」、「闇の貴族」なんても呼ばれているらしい(我が家はパーティーに参加するお金もないから情報なんてそもそも入ってこないけど)です。
そんな家に1通の手紙──求婚の手紙が届いて。話はとんとん拍子にまとまり、今に至って……私をここまで連れてきた父と御者は顔を青くして、さっさと帰ってしまいました。
置いてきぼりをくらった気分──いや、文字通り置いてきぼりなんだろうけれど。
門前には誰もいない──というか、人の気配がない……。どうしたものかと思案していると──喉元に冷たいものがあたった。
「あんた何者?」
と、背後から(声からして若い男性)彼は言った。
喉元につきけられてるのは、おそらく刃物でしょう。このまま首と胴体がお別れするというシチュエーションも、個人的には困らないけれど……お家が困る──ということで、素直に返事をしてみました。
「私は、シード家からこちらへ嫁ぎに来ましたリナと申します」
「っんだよ。なら早く入れよなー」
さすがに勝手に入るのは駄目でしょう──と言いたくなったけれど、金髪の彼の手にナイフがあるのが見えて、黙っておきました。
「おーい。連れてきたけどー」
おそらく主人を呼んでくれているんだろうけれど、そんな口の利き方でいいのでしょうか……? 「殺し屋貴族」は普通の貴族(多分うちもだけど)と仕様が全然違うらしいです。
「うるさい! 聞こえてる‼︎」
「っんな大っきい声出してないけど」
同感です……そして、あなたの方がうるさいです……。
2人の喧嘩──というか取っ組み合いを、ぼんやりと眺めていると、主人のほうが、ようやく私に気付きました……。
こっちを向いた彼は、私を値踏みするように、上から下までくまなく観察しているようでした。
彼の方は……夜に溶けるような黒髪──長い前髪から見える片目は、深い深い紅。深紅の瞳が印象的な人でした。
「ああ……待たせてすまないな。まあ、座れ」
「失礼致します」
顎で示された──今し方2人の乱闘で傷だらけになったソファに腰掛ける。するとなぜか、主人も隣に座った。私は正面のソファを指差した。
「──あの、あちらのソファの方が、綺麗ですよ」
「自分だけ綺麗なほうに座るのは失礼だろう」
……言いたいことはありましたが、まあ本人がいいと言うのですから、これ以上触れないでおこうと思います。
「改めて──この度シード家から、こちらへ嫁ぎに参りました、リナと申します。よろしくお願い致します」
ぺこり、と私は頭を下げた。
「俺はウィリアム。ブラッドリー家の当主で──お前の夫だな」
心なしか尻すぼみになっていった気がした。違和感に微かに首を傾げつつ、はい、と返事をした。
「先に言っておくが──俺たちは殺しで財を成した貴族だ。普通の貴族とはちがう」
「あぁ、えっと……それはもう身をもって体感しております」
さっきから部屋の隅に立っている、金髪の少年を見た。腕を組み、ニヤニヤと私をそのエメラルド色の瞳で、やはり──値踏みしている。
「テオォォォ‼︎」
「落ち着いてください。大したことはされてません」
頭に血が上りやすい方なようだ。私はそっとウィリアム様の肩に手を添えた。
「っフハ! 喉元にナイフつきつけられるのが『大したことはされてません』かよ!」
隣からプッツーンという音が聞こえた気がする。
ウィリアム様の肩に添えた手に力を入れる。──どうにか乱闘は避けられましたが、怒りは冷めやらぬよう。けれども、それでも大人。領主。深呼吸を繰り返して、ウィリアム様は言いました。
「わかってるなら話が早い。故にパーティーも、結婚式もしない。だから、お前はたった今から俺の妻、だ。……まあ……世話になってる家にだけ手紙を出すがな」
手紙すらも嫌だけどな──なんてセリフが聴こえてきそうな顔でした。仲が悪いのでしょうか?
「わかりました」
と、私が頷くと、ウィリアム様の表情が少しだけ和らいだ。
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