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イピリアン・プロセスは存在しなかった。
メイリーには予感があった。
ここでの撮影には障壁が立ちはだかるかもしれないという予感が。
素人が階段をすべてすっ飛ばして、"十二の夢境"を撮ろうとしているのだ。
"ドリーム"に人生を費やしたバサールの鑑定屋の話もある。
きっと上手くはいかない。
相当な長丁場か、あるいは挫折か。
そんな予感はあったのだ。
けれども、こんな。
"無かった"なんてあんまりだ。
彼女の手から写真機が滑り落ちた。
「アラ湖がこんな!何があったんです!」
状況を受け入れられないガルドが声を荒げた。
「環境破壊だよ。保水力のある木を切り、ゴミを垂れ流し、水を使いまくった結果、あの美しい湖は干上がっちまった」
なるほど言われてみれば、くぼ地の中央にドス黒い塊が山と積まれている。
あれがゴミか。
「んなこといったい誰が……あ、もしかして」
「写真家だ。お前らみたいにイピリアン・プロセスを撮りに来た奴らだ」
「だからこの街の人たちはメイリーのような写真家に見向きもしなかったということか……」
「あ?それは違えぞ」
ほんの一瞬言葉に詰まるようなそぶりを見せ、そして老人はぶっきらぼうに言い放った。
「俺たちだ。俺たち元写真家が、この景色をぶち壊した」
老人は話し始めた。
ことの顛末を、アラ湖がなくなった理由を、自分たちの罪を。
さっきまでの排他的な態度とは打って変わって、彼の口は止まることがなかった。
まるで救いを求めて足掻くかのように。
「数十年前にこの場所が"十二の夢境"に成ったとき、俺たち写真家は相当喜んだ。ここはバサールやら王都やらデカい都市に近いからな。世界の果てや天空や極寒の地にある他の"十二の夢境"と比べたら破格の到達難度だ」
通りでは新たな喧嘩が起こっていた。
老人はそれを気にする風でもなく話を続ける。
「あらゆる人間が押し寄せた。歩く者、王立の写真旅団、金の匂いに飢えた商人ども、盗賊……とにかくここは人で溢れた。写真家たちは次第に簡単な家を建てて住み始めた。待っているだけで"十二の夢境"を撮れるんだ、こんな上手い話はない」
彼の荒い呼吸から察するに、話は大詰めを迎えているようだ。
「汚らしいバラックがアラ湖の周りを埋め尽くし切った頃、俺たちは湖の水位が下がっていることに気づいた。もう手遅れだった。水を浪費し、ゴミを垂れ流し、あたりの木を切り続けた俺たちは、荒れ果てたマングローブ・ヒルを目の前にして己の罪深さを思い知った」
文字通りの一息。
彼は荒げてしまった自身の呼吸に気付き、メイリーたちから顔を背けた。
彼女は思い出していた。
枯れた木々、動物の気配がしない荒野、アラ湖の跡、バラック、無愛想な住人たち。
なるほど確かに、彼の話の通りだ。
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