3.答え合わせ

4/7
前へ
/55ページ
次へ
 イピリアン・プロセスは存在しなかった。  メイリーには予感があった。  ここでの撮影には障壁が立ちはだかるかもしれないという予感が。  素人が階段をすべてすっ飛ばして、"十二の夢境"を撮ろうとしているのだ。  "ドリーム"にを費やしたバサールの鑑定屋の話もある。  きっと上手くはいかない。  相当な長丁場か、あるいは挫折か。  そんな予感はあったのだ。  けれども、こんな。  "無かった"なんてあんまりだ。  彼女の手から写真機が滑り落ちた。 「アラ湖がこんな!何があったんです!」  状況を受け入れられないガルドが声を荒げた。 「環境破壊だよ。保水力のある木を切り、ゴミを垂れ流し、水を使いまくった結果、あの美しい湖は干上がっちまった」  なるほど言われてみれば、くぼ地の中央にドス黒い塊が山と積まれている。  あれがゴミか。 「んなこといったい誰が……あ、もしかして」 「写真家だ。お前らみたいにイピリアン・プロセスを撮りに来た奴らだ」 「だからこの街の人たちはメイリーのような写真家に見向きもしなかったということか……」 「あ?それは違えぞ」  ほんの一瞬言葉に詰まるようなそぶりを見せ、そして老人はぶっきらぼうに言い放った。 「俺たちだ。俺たち元写真家が、この景色をぶち壊した」  老人は話し始めた。  ことの顛末を、アラ湖がなくなった理由を、自分たちの罪を。  さっきまでの排他的な態度とは打って変わって、彼の口は止まることがなかった。  まるで救いを求めて足掻くかのように。 「数十年前にこの場所が"十二の夢境"に成ったとき、俺たち写真家は相当喜んだ。ここはバサールやら王都やらデカい都市に近いからな。世界の果てや天空や極寒の地にある他の"十二の夢境"と比べたら破格の到達難度だ」  通りでは新たな喧嘩が起こっていた。  老人はそれを気にする風でもなく話を続ける。 「あらゆる人間が押し寄せた。歩く者(ワンダー)、王立の写真旅団、金の匂いに飢えた商人ども、盗賊……とにかくここは人で溢れた。写真家たちは次第に簡単な家を建てて住み始めた。待っているだけで"十二の夢境"を撮れるんだ、こんな上手い話はない」  彼の荒い呼吸から察するに、話は大詰めを迎えているようだ。 「汚らしいバラックがアラ湖の周りを埋め尽くし切った頃、俺たちは湖の水位が下がっていることに気づいた。もう手遅れだった。水を浪費し、ゴミを垂れ流し、あたりの木を切り続けた俺たちは、荒れ果てたマングローブ・ヒルを目の前にして己の罪深さを思い知った」  文字通りの一息。  彼は荒げてしまった自身の呼吸に気付き、メイリーたちから顔を背けた。  彼女は思い出していた。  枯れた木々、動物の気配がしない荒野、アラ湖の跡、バラック、無愛想な住人たち。  なるほど確かに、彼の話の通りだ。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加