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買った図鑑が昔のもので、マングローブ・ヒルは汚染されていて、十二の夢境『イピリアン・プロセス』は存在しなくなった。
全てのものが想像と違った。
悪い方向に、だ。
図鑑に至っては詐欺と同義である。
メイリーが膝から崩れ落ちてしまったのも無理なかった。
「調査があめぇんだ。自己責任だろうが」
老人は急に現役の写真家のような顔をしてメイリーに向かって吐き捨てた。
ガルドはというと、これまたショックで彼に言い返す余力はないようだった。
トトは主人の絶望を察してか、リュックのポケットに閉じこもったままだ。
何分そうしていただろう。
老人は去り際を見失っていたように見えた。
さっさと帰ってしまえばいいのに、彼は自身の店先へと一歩戻ろうとしてから、抜け殻のような彼女たちを横目に見た。
一足早く立ち直ったガルドが彼女の肩を軽く揺すっている。
「上手くいかないことが続いて辛ぇのは分かるけど」
彼の問いかけはメイリーに届いていない。
バサールで突きつけられた写真家の現実。
つまり彼女の写真に金銭的な価値はないという事実。
さらには最初の目的地がこの有様だ。
目当ての景色はなかった。
シャッターを切れない症状も幻想的な景色を目の前にしたら治るかもしれない、という期待は夢と散った。
(こうやってみんな写真家を辞めていくんだな)
メイリーは驚くほど客観的に自身を見ていた。
バルバロス・ハイドを出た時の熱情はもう底をついている。
残酷な現実に押し潰される寸前だった。
「その程度で折れるなら、今のうちに諦めて正解さな」
頭上からしわがれた声がした。
老人がいつの間にか彼女を見下ろす位置に立っていた。
「とっとと帰れ」
追い打ちをかけるように老人が言った。
メイリーはしばらく動きそうにない。
辺りではヘドロのように粘着質な闇が濃くなり始めていた。
夜が近い。
突然ラッパ銃か何かの発砲音がこだました。
続いて叫び声、ガラスか何かの割れる音。
「今夜のアテは……あんのか」
精一杯嫌な顔をして老人が聞いた。
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