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腕をぬるりとした感触が覆った。
「いやっ!」
たまらず引き抜くと、ヘドロのような何かがこびりついていた。
食べものが腐ったにおい。
吐き気。
それでも彼女は、再び奥の方をかき回す。
金のために。
今日を生きるために。
ふと、指の先が薄くて硬いものに触れた。
長方形だ。
薄い鉄板?それとも加工された生き物の皮膜だろうか?
四角の端をつまみ、慎重に引き出す。
厚い紙だ。
メイリーは泥で汚れたそれをつまみ上げ、近くにあった角材の表面で汚泥を拭きとった。
「……写真だ」
一枚の写真は、どこかの黄昏時を写したものだった。
空を覆い尽くす、濃厚な青とだいだい色。
下半分を占めるのは切り立った山の稜線のシルエット。
中央を飛ぶ影は、大きな鳥か、はたまた飛竜か。
「きれい……」
無意識に言葉にしていた。
それほどにこの景色は素晴らしいものだった。
反射的にメイリーは、この写真をずっと持っていたいと思った。
しかし。
ぐうぅ──。
彼女の体はそれを許してくれそうにない。
空腹が限界に達していた。
昨日は雑穀をスプーン二杯、今日に至ってはまだ何も口にしていない。
(うん、売ろう)
メイリーは写真をリュックへしまい、穴をよじ登った。
こんなもの、取っておいてもなんの意味もない。
バカにされ、盗まれ、嫌な思いをするだけだ。
綺麗な赤いガラス片も、たまたま拾ったパステルカラーの絵画も、艶のある万年筆も。
彼女の収集グセを気に入らない孤児たちによって、全部盗られるか、壊されてきたのだから。
バルバロス・ハイドでは、美しさなんてなんの価値も持たない。
泥だらけになってゴミを漁り、はした金を稼ぎ、乾いたパンや雑穀で食いつなぐ。
夢を、希望を、美しさに対する感動を、持った者から死んでいくのだ。
現実的に生きろ、現実的に。
彼女は自分に言い聞かせるようにして、『ガラクタ屋』への道のりを急いだ。
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