1.一枚の写真

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 腕をぬるりとした感触が覆った。 「いやっ!」  たまらず引き抜くと、ヘドロのような何かがこびりついていた。  食べものが腐ったにおい。  吐き気。  それでも彼女は、再び奥の方をかき回す。  金のために。  今日を生きるために。  ふと、指の先が薄くて硬いものに触れた。  長方形だ。  薄い鉄板?それとも加工された生き物の皮膜だろうか?  四角の端をつまみ、慎重に引き出す。  厚い紙だ。  メイリーは泥で汚れたそれをつまみ上げ、近くにあった角材の表面で汚泥を拭きとった。 「……写真だ」  一枚の写真は、どこかの黄昏時を写したものだった。  空を覆い尽くす、濃厚な青とだいだい色。  下半分を占めるのは切り立った山の稜線のシルエット。  中央を飛ぶ影は、大きな鳥か、はたまた飛竜か。 「きれい……」  無意識に言葉にしていた。  それほどにこの景色は素晴らしいものだった。  反射的にメイリーは、この写真をずっと持っていたいと思った。  しかし。 ぐうぅ──。  彼女の体はそれを許してくれそうにない。  空腹が限界に達していた。  昨日は雑穀をスプーン二杯、今日に至ってはまだ何も口にしていない。 (うん、売ろう)  メイリーは写真をリュックへしまい、穴をよじ登った。  こんなもの、取っておいてもなんの意味もない。  バカにされ、盗まれ、嫌な思いをするだけだ。  綺麗な赤いガラス片も、たまたま拾ったパステルカラーの絵画も、艶のある万年筆も。  彼女の収集グセを気に入らない孤児たちによって、全部盗られるか、壊されてきたのだから。  バルバロス・ハイドでは、美しさなんてなんの価値も持たない。  泥だらけになってゴミを漁り、はした金を稼ぎ、乾いたパンや雑穀で食いつなぐ。  夢を、希望を、美しさに対する感動を、持った者から死んでいくのだ。  現実的に生きろ、現実的に。  彼女は自分に言い聞かせるようにして、『ガラクタ屋』への道のりを急いだ。
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