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4.先達と目標
ガルドの気配がしなくなると、メイリーはゆっくりと顔を上げた。
地面に転がった写真機を見やる。
赤さびにまみれた機構。
レンズの中からのぞく水晶。
バサールの鑑定屋が言うには、準二級程度のクオリティらしい。
準二級程度ってどれくらいすごいの?
今さらになって彼女は疑問に思った。
例の詐欺図鑑のおかげで景色群についての知識はある程度──とはいってもどれほど正確な情報なのか今となっては怪しいが──身につけたつもりだ。
血の森、"恋"を目視できる滝、ストーン・マンが歩く山陵。
『ドリーム』に類する三十二の景色の名前を空んじることができるくらいには、彼女の知識は完成されていた。
しかしどうだ。
その他の知識については、彼女は素人の域を脱していない。
被写体を綺麗に見せる構図は?
機構のメンテナンス方法は?
他の初心者たちが知っていることを、彼女は知らなかった。
ぼやけた視界の中央にあった写真機が、不意に誰かの手によって拾われた。
恐る恐る顔を上げると、物置の入り口にあの初老の男が立っていた。
「ショックで寝たと思ったが」
そう言って彼はメイリーの手元に写真機を置いた。
「すみません……泊めてもらっちゃって」
男はそれには答えず、代わりにメイリーのリュックを指差した。
「見せてみろ、写真集」
彼女の手からほとんど空の写真集を強引に奪いとる。
最初のページが開かれた。
バルバロス・ハイドの宿の軒先に立つ婆の写真だ。
ページをめくっていく。
故郷周辺の自然、アマンダ、遠目に見たバサール。
そして出発のときに撮った、粗雑な画質のガルド。
男はほとんど手を止めることなく最後のページまでめくってしまった。
「"思い"の先走り。低脳なガキがよくやることだ」
彼はそう呟いた。
メイリーは自分がなにか馬鹿にされたらしいということを理解した。
しかし男の言う"思い"の先走りがどう言った意味を持つのか、果たして測りかねていた。
「最初の写真なんか最たる例だ」
阿呆面をさらすメイリーを見かねたような口調。
婆の写真が入った最初のページが再び開かれる。
乱暴に、丁寧に、ゴミ溜めの外へ送り出してくれた彼女への感謝。
そして旅の始まりと期待。
あの日の感情が想起される。
「思いは伝わる。だがその思いは写真をより美しくする要因になっていない」
彼はそう言い放った。
下からのアングルで撮っていたら。
彼女の視線の先に余白を持たせたら。
日光のゴーストを取り入れていたら。
あるいはその全てを写真に詰め込んでいたら。
「思いに値段が追いつく。そんな写真になる」
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