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確かにそうだ。
メイリーはそう思ったが、同時に違和感も持った。
「やっぱり……」
価値のために写真を撮るべきなんでしょうか?
そう言いかけて口をつぐんだ。
恐れている返事が返ってくるのが怖かったからかもしれない。
乱暴なこの男が単に怖かったからかも、彼が出会ってすぐの人間だったからかもしれない。
とにかくメイリーは彼から目を逸らし、不自然な沈黙が訪れた。
男は不機嫌そうに写真集をめくっている。
物置のすえた臭いが鼻をつく。
いくつかの写真機の残骸。
色褪せた鉱石紙。
あちこちに散らばる、彼が写真家であった証拠。
「……最後の写真は、あのガキだな」
ガルドの写真のことだろう。
バサールの最終日に頼まれて撮ったものだ。
震える手で必死にシャッターを切った。
恐怖から心が乱れていたために画質はザラザラで、心配されるからガルドには見せていない。
「今までの画質と大違いだ」
このセリフがメイリーに向けられたものか、はたまた独り言なのか。
彼が半ば睨むようにこちらを向いていなければ、メイリーはきっと無視していただろう。
「迷いやら恐怖やら、大方そんなもんだろう」
「そんなもんって……」
彼女の抗議を無視して、彼は続ける。
「分かっちまうんだよ、俺もそうだったから」
しわだらけの指が写真機の表面をなぞる。
「マングローブ・ヒルの環境破壊に加担した自覚を持ってからは、どんな写真も丸めた紙を広げたような、それは醜い出来だった。美しいものを自らの手で壊してしまえることへの恐怖が、今でも心を惑わせやがる」
──お前の迷いは、なんだ。
かすれた声がうつむいたメイリーの頭上から投げかけられる。
しばし考える時間が必要だった。
急に寄り添う姿勢を見せた彼の狙いはなんなのだろうか。
対価を求めているのか。
元写真家としての、同業者への情けだろうか。
バルバロス・ハイドという裏切りと利己の巣窟で培われた警戒心。
いったい彼の目的は?
「自分の下手な写真が、美しさを失わせちゃうから……」
息のつまる六秒間。
誰かに聞いてほしい欲求が警戒心を上回るまでそう時間はかからなかった。
言葉にしがたい恐怖を、迷いを、どうにかして彼女は口に出した。
男は表情を変えなかった。
手持ち無沙汰に写真機をなでまわしている。
「きっかけは?」
「鑑定屋さんでお気に入りの写真に値段がつかなくって」
「はっ」
男が初めて目を合わせてきた。
汚い嘲笑とともに。
けれどもメイリーは、彼から視線をずらすことができなかった。
彼の力強い眼差しがそうさせたのだ。
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