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「お前の腕前が被写体の価値を損ねてしまうってこったな」
「ヒシャタイ……」
「お前が撮るものや人のことだ。そんなのも分かんねえのか」
またもや数秒の沈黙。
呆れたような表情の男。
彼は深呼吸をして首を振り、再びこちらを見据えた。
「なら逆はどうだ?」
写真集の1ページ目が指差された。
「この写真に実はこの世で最高の価値があったとしたら?そんな大層なもんに無価値の烙印を押しやがった鑑定屋は、写真の価値を損ねてるんじゃねえのか」
ハッとした。
鑑定屋がすべてにおいて正しいのだという思い込みに気づけたというのもある。
けれど、それ以上に。
「本当の価値は……誰にもわからない」
「そういうこった」
男の目元にほんの少しだけしわが寄った。
「写真家ってのは自分が美しいと思ったもんを切り取って、相手にどうだ綺麗だろうって訊く仕事だ。要はぜんぶ、自分の感性から始まんだよ」
他人からの評価も、写真につく値段も、全部あとからついてくるだけ。
彼はそう言い放ち、懸命にうなづいているメイリーを見て満足げに目を瞑った。
「みんな分からねえんだ、正解がよ。だから探求する、模索する。ファインダーの存在、数え切れねえほどの旅団、鑑定基準の研究……誰もが悩んで、探して、もがいて、がむしゃらに、あるはずのねぇ正解に近づく努力をし続けてんだ」
そんでなあ、たったひとつこの世で間違いのねえもんはなぁ。
──自分が美しいと思ったもんは、絶対に美しいんだよ。
気がついたら涙が溢れていた。
なんて馬鹿げたことにつまずいていたのだろう。
自分の気持ちだけは間違いのないものじゃないか。
バルバロス・ハイドの錆の山で手にしたあの写真。
飛竜と、黄昏の山陵。
泥と錆と異臭にまみれたそれを美しいと思ったから、メイリーの旅ははじまったのだ。
迷いは、きっと消え去った。
自分の心に従おう。
なんていったって、もう自由の身なのだから。
「ありがとうございます!」
立ち上がって男に頭を下げる。
いつもの人を馬鹿にしたような目つきに戻った男は、それを見て鼻で笑った。
「まあ俺ぁお前の写真を見ても何ひとつとして美しいと思わんかったがな。勉強しろ、勉強」
そう言って男は物置を出ていった。
数分後、扉の隙間から二冊の厚い本が投げ入れられた。
「これでも読めガキ」
見たところ一冊は新しい景色群の図鑑だ。
もう一冊は写真の構図や技術などの基本的な教本。
「こんなに……!ありがとうございます!」
メイリーはすでに人の気配のしない物置の入り口に向かって精一杯叫んだ。
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