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ガルドは己の嗅覚にしたがって夜のマングローブ・ヒルを散策していた。
メイリーは心配だが、この地の食文化への興味が優っていた。
それに、彼女には独りの時間も必要だろう。
意外にも街は落ち着いた雰囲気をまとっていた。
人の気配もなく、日中のような野蛮な喧騒は見る影もない。
時折誰かがすすり泣く声がするくらいだ。
二、三軒の食料品店を見つけたが、どの店も独特な品揃えをしていた。
店に並ぶ食べ物は、三品に一品はガルドの知らないものであった。
見たことのない赤黒い根菜や、血管のようなキノコ。
店じまいに忙しい店主を捕まえてあれこれ質問を浴びせる時間は、とても有意義なものだった。
一軒の露店の前でガルドは足を止めた。
質のいい食材のにおい。
鮮度は落ちているが、きれいに並べられた店頭の野菜は薄暗闇でもはっきりと分かるツヤをまとっている。
さらには、バサールやふつうの町で見られる食材ばかり並べられている。
「もう店を閉めますがね、なんか買ってきやすか?」
店の奥の暗がりで、黄ばんだ歯が光った。
「いや、持ち合わせがないから見るだけで」
「そうですかい、そうですかい」
すでに沈んだ夕日の残光に照らされ、かっぷくの良い店主が姿を現した。
「この食材、ここらで取れたんですか」
「いえいえ、毎日バサールから仕入れていやすよ。こんな上質なもの、ここいらの死んだ土地では育つはずがないんでさあ」
「毎朝!いくら近いといってもここからバサールまで結構かかるんじゃ」
店主は薄気味悪く笑みを浮かべた。
「オオワシ郵便、早駆けの大水牛、時を止める香辛料。この世界にえらく便利な運送手段が溢れかえっているのはご存知でしょうよ?」
昔は王立写真旅団の付き添い料理人をしていたと店主は言った。
なるほどそれなら、質のいい店頭の食材や充実した食材運搬の知識も納得がいく。
旧い仕事仲間に、破格の値段で食材を届けてもらっているらしい。
ここはもともと"十二の夢境"。
王に仕えるような身分だった者がいてもなんらおかしくないのだ。
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