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「あなた、料理人かね?」
男の視線はガルドの手に向けられていた。
「見たところかなりの腕利きだ。失礼ながらお歳は?」
「十五」
「ほお」
しばし考え込むようなそぶり。
聞いたことのない夜鳥の鳴き声が辺りにこだました。
「少し前バサールから大物料理人の息子がいなくなったという噂を聞きましてね。歳もあなたと同じくらいと伺ったもんで」
「人違いです」
「あれまあ、そうですかい」
ガルドはとっさに嘘をついた。
世界的なホテルレストランのオーナーの息子が失踪したことが、ニュースにならないはずがない。
高額な謝礼を狙って連れ戻そうとする人間もいるはずだ。
バサールのホテルでのガルドの扱いが思い出される。
メイリーには明かしていない。
それはプライドが許さない。
帰りたくない。
あんな地獄。
誰も自分を必要としない、嫉妬と私怨が渦巻く地獄になど戻ってたまるか。
少しの間をおいて、店主は諦めたようにガルドから目線を外した。
「いろいろな情報を持ってるんですね」
「旧友からの情報ですな。人は大きな秘密を独りじゃ抱えきれない生き物でさあ。漏らしても支障のないあっしみたいな人間にベラベラ喋っちまう者はかなりいますなあ」
そこで彼は思い出したようにいった。
「たとえば、さっきの大物料理人繋がりなんですがね。彼が近々催すらしいですよ、『火の祭り』を」
「どこで!」
ガルドは思わず身を乗り出していた。
突然の彼の剣幕に店主は驚いたようであった。
『火の祭り』は料理人の対決。
世界中で行われる、作った料理の美味しさで勝負が決まる催しもの。
そしてガルドの父が開く『火の祭り』の開催地は、ずっとガルドがバサールで探り続けていた情報だった。
「あくまで計画の……いや、もはや噂の段階なんですが、なんでも彼の住処である『ユーシェン』だそうですな。これも噂ですが、すでに世界中の名だたる料理人に秘密の招待状が配られているとかなんとか」
ここからはるか北の地、そして故郷だ。
ガルドはそこへの行き方を知っている。
目標が決まった。
メイリーには言わないでおこう。
名目上はあくまでも彼女の付き添い料理人だ。
「ありがとう」
店主に軽く礼をして店を後にする。
父は普段書斎に閉じこもり、『火の祭り』の時だけ姿を現す。
ついに会える。
自分をバサールに飛ばしたクソ親父に。
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