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玄関を通ってすぐ右手に、寂れた窓口がある。
この街に宿はここだけしかないから、手入れをしなくても一定の需要が見込まれる。
ここでは、汚いベッドで寝たくないのなら、汚いゴミの上で寝るしかないのだ。
宿の婆は、窓口の奥に座っていた。
「おはようございます」
「朝からうるさいねえ。早く分け前を出しな」
メイリーがカウンターに六カロス分の銅貨を出すと、婆はそれと彼女の顔を交互に見た。
「本当にこれだけかい。隠してるんじゃないだろうね」
婆の口癖だ。
タダでの物置の貸出しとはいえ、両者の間には稼ぎの二割を差し出すという約束があった。
なんの足しにもならない金を、婆は不満げに懐にしまった。
「もう金がないんならさっさと失せな。お前がいると客足が少なくなっちまう」
手で空中を払うようにして、婆は店先からメイリーを追い払った。
物置は大きな木箱にトタンで蓋をしたような構造の、およそ人が住む機能が備わっているとは思えない代物だ。
蝶番が外れかけたドアを開ける。
と、目の前に置かれた椅子の上で丸まっていた小動物が、首をもたげてこちらを見た。
「ごめんねトト、起こしちゃったよね」
トトと呼ばれたソレは、主人が帰宅したのだと気づき、棚の上に登った。
そこから空中に体を投げ出し、四肢の間の飛膜を広げて滑空する。
そのまま彼女の腕あたりに着地し、肩まで素早く上ってきた。
「お腹すいたでしょ」
箱の中から長細い根菜を二本、それと昨日余った雑穀を取り出す。
写真のことを考えていたせいで、食料品店に立ち寄るのを忘れていたので、ありあわせで我慢するしかない。
根菜を一本肩のあたりに差し出すと、トトは小さな手でこれを掴み、小刻みにかじりはじめた。
残った食材は水と一緒に鍋に入れ、自作した焚き火スペースの上に置く。
(マッチ、また見つけてこないと)
残り少ないマッチのうち一本を使い、くべられた廃材に火をつける。
しばらくすると水が沸騰し、だんだん根菜がしなってきた。
「いただきます!」
土の風味が口に残るものの、根菜はしっかりと食べ物の味がした。
野草特有の苦味やくさみがない。
ものの数分でそれらを平らげ、それでも唸る腹を黙らせるために煮汁を飲む。
トトを逃がして食いぶちを減らせば、メイリーの食料事情はいくらかマシになるだろうが、彼女の頭にこういった案は一向に湧いてこないらしい。
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