1.一枚の写真

5/10
前へ
/55ページ
次へ
 玄関を通ってすぐ右手に、寂れた窓口がある。  この街に宿はここだけしかないから、手入れをしなくても一定の需要が見込まれる。  ここでは、汚いベッドで寝たくないのなら、汚いゴミの上で寝るしかないのだ。  宿の(ばば)は、窓口の奥に座っていた。 「おはようございます」 「朝からうるさいねえ。早く分け前を出しな」  メイリーがカウンターに六カロス分の銅貨を出すと、婆はそれと彼女の顔を交互に見た。 「本当にこれだけかい。隠してるんじゃないだろうね」  婆の口癖だ。  タダでの物置の貸出しとはいえ、両者の間には稼ぎの二割を差し出すという約束があった。  なんの足しにもならない金を、婆は不満げに懐にしまった。 「もう金がないんならさっさと失せな。お前がいると客足が少なくなっちまう」  手で空中を払うようにして、婆は店先からメイリーを追い払った。  物置は大きな木箱にトタンで蓋をしたような構造の、およそ人が住む機能が備わっているとは思えない代物だ。  蝶番が外れかけたドアを開ける。  と、目の前に置かれた椅子の上で丸まっていた小動物が、首をもたげてこちらを見た。 「ごめんねトト、起こしちゃったよね」  トトと呼ばれたソレは、主人が帰宅したのだと気づき、棚の上に登った。  そこから空中に体を投げ出し、四肢の間の飛膜を広げて滑空する。  そのまま彼女の腕あたりに着地し、肩まで素早く上ってきた。 「お腹すいたでしょ」  箱の中から長細い根菜を二本、それと昨日余った雑穀を取り出す。  写真のことを考えていたせいで、食料品店に立ち寄るのを忘れていたので、ありあわせで我慢するしかない。  根菜を一本肩のあたりに差し出すと、トトは小さな手でこれを掴み、小刻みにかじりはじめた。  残った食材は水と一緒に鍋に入れ、自作した焚き火スペースの上に置く。 (マッチ、また見つけてこないと)  残り少ないマッチのうち一本を使い、くべられた廃材に火をつける。  しばらくすると水が沸騰し、だんだん根菜がしなってきた。 「いただきます!」  土の風味が口に残るものの、根菜はしっかりと食べ物の味がした。  野草特有の苦味やくさみがない。  ものの数分でそれらを平らげ、それでも唸る腹を黙らせるために煮汁を飲む。  トトを逃がして食いぶちを減らせば、メイリーの食料事情はいくらかマシになるだろうが、彼女の頭にこういった案は一向に湧いてこないらしい。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加