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「…連絡先…?」
初めてだ。彼が俺を外で待っていたのは。
出会った夜でさえ、俺は日佐人君を先に帰した。
「…教えて下さい。クビになりますか。
もう次は無くなりますか。」
真っ直ぐな目と裏腹な、弱腰の言葉。
まさか君の方が線を踏み越えようとするなんて。
「…大丈夫だよ。連絡先くらい。」
相手は未来ある若者だ。
だから俺の方からは深入りしないと決めている。
だけど、別に連絡先くらい…。
行き違いとか、そういう時に必要に思っただけだろうに、それを聞いたくらいで何故、次が無くなると思ったんだろうか。
それだけ相手の意を汲み取ろうとする良い子だって事かな。
俺は自分の番号を口にした。
はっとして、慌ててポケットからスマホを取り出しボタンをタップする日佐人君。
間も無く、俺のスマホが振動した。
「…はい。」
『本物でした…。』
「嘘を教える理由が無いよ。」
何時もあまり動かない、日佐人君の整った顔が少し緩んでいて面白い。
そうか、未だ高校生なんだもんな、と思った。
何時もクールな表情だからって、目の前の色んな事に無関心な訳じゃないんだよな。
俺だって、そうだった。
『…LIME、登録して良いですか?』
「良いよ。連絡手段、あった方が良いよね。」
きちんと許可を取りに来るところも、日佐人君だなあと思う。
カッコよくて頭が良くて、真面目で礼儀正しくて。性格も…俺みたいなアラサー男に同情してくれるくらい、優しくて。
モテない訳が無い男子だ。
『……連絡する事が無いと、連絡しちゃ駄目ですか?』
日佐人君がこんなに一気に色々聞いて来るのは初めてだな、と思った。
気を許してくれてるのだろうか。歳の離れた兄弟や、そこ迄じゃなくても、親戚の叔父とか、それに近く思ってくれているのかも。それなら…
「…大丈夫だよ。相談したい事とかあるなら、俺で良ければ。」
これが模範解答だろう。
とは言っても、そんなに相談してくる事があるとも思えないけど、と 苦笑いする。
『ありがとうございます。』
ほんの数メートル先に日佐人君がいるのに、俺達はスマホ越しに会話している。
そういや瀬崎とも待ち合わせの時に何度かこういう事があったな、と思い出した。
『また、ね。』
「…え、ああ…。」
一瞬ドキリとした。
思わずスマホを取り落としかけた。
また、ね。
そうやって、別れの言葉を区切りながら口にして電話を切るのは、瀬崎の何時もの癖だった。
またね なんて、誰だって使う。日常的に、いくらでも。
でも そのイントネーションと、区切る間は、アイツだけのものだった。
「…ん、また。」
数メートル先でぺこりと頭を下げて、俺に背を向ける青い傘。制服の後ろ姿、紺のリュック、長い足。
重なる。アイツと。
「…君は、不思議な子だな。」
顔形なんかひとつも似ていないのに。
表情だって、声だって。
なのに仕草の一つ一つが、端々に使う言葉の数々が、瀬崎を想起させてやまない。
向かい合っているだけで、心が落ち着く。
これは…依存しかけているんだろうか。
薄れていくどころか、彼に出会ってから益々瀬崎の存在感が強くなっている気がする。
「…瀬崎…。」
俺は未だ、前に進めそうにない。
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