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「何でも頼んでくれて良いので。」
俺は久々に訪れるその店のメニューを向かいに座る男子高校生に手渡しながら言った。
「ありがとうございます。」
小さく会釈しながら受け取る彼。関節の目立つ長い指。サイドブロックにした黒い短髪が揺れた。張りのある肌。
耳に黒いピアス。
濃紺の学生服の襟を着崩して、傍に置かれたリュック。
懐かしい感覚に見舞われた。
高校時代の、あの頃にトリップしたかのような。
スーツを着た30過ぎの俺と、制服姿の彼とは、さぞ対象的な取り合わせだろう。
周囲からはどう見えてるのだろうか。
親子…と迄は、いかないだろう。歳の離れた兄弟、叔父と甥?
友達には、きっと見えないだろう。
「急に声をかけて申し訳無い。
俺は神尾 一葉、出版社勤めの普通のリーマンです。」
怪しい人間だと思われると何かと不都合だと思い、最低限の自己紹介をした。
「…瀧上、日佐人です。来月で18です。」
見た目通り、無口らしい。
でも名を教えてくれるとは思わなかった。
ハンバーグセットとピザ、ドリンクバー。
俺は雑炊のセットと、食後のコーヒー用にやはりドリンクバー。
今日まで多忙だったからか、食欲が落ちっぱなしで軽いものにした。
オーダーを通して暫くするとテーブル上には食事が並び、男子高校生の、静かだが旺盛な食欲に、胸焼けしそうだ。
けれど食いっぷりの良さに胸がすくようでもある。
羨ましい、と素直に思った。
(左利き、か…。)
そうか、左利きなのか、と思う。
顔も体型も何一つ似ていないのに、そんなところはいくつも似ている。
何かの巡り合わせなんだろうか。
よりによって、彼奴の…瀬崎の命日の、この日に。
瀬崎 光流は、俺の親友だった男だ。そして、俺の想い人。
あの日、俺の心を持ってあの世に行ってしまった。
高校三年間を濃密な迄に共に過ごし、想いを伝えられたのは、卒業間際。
胸に秘めたままにするつもりだった想いを告げる気になったのは、覚醒が遅かった瀬崎のバース性が、Ωだと確定したからだ。
瀬崎は、やっぱりなあと苦笑いしていたが、俺は運命だと思った。
俺の為に生まれて来てくれた、俺だけの人だと確信した。
瀬崎とは、同じ大学に進学が決まっていた。
何れは家を出て、一緒に住みたいと話していた。
大学生になったら一緒に車の免許を取りに行こうと話していた。
何処に旅行に行こうか、何をしようか、そんな事を たくさん。
想いを告げて間も無くて、返事も未だ貰ってなかったというのに、気が早くも俺は 社会人になったら瀬崎に番になってくれと結婚を申し込むつもりでいた。
俺達は、やっと始まりかけたところだった。
その矢先の事故だった。
周りの通行人や目撃者達の、悲鳴、怒号、瀬崎の血、生温い…。
静かに生気を失っていく肌、暗く翳っていく瞳。
未だ、あたたかい、腕の中の体。
止まりそうに激しく鼓動する自分の心臓と、ゆっくりと止まった瀬崎の心臓。
俺の世界はあの日に死んだ。
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