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高校三年で受験の年だと、瀧上は言った。
敬語で話す俺に、歳上なんだから普通で良いです、と瀧上は言った。
「頭良いんだね。」
瀧上が着ている制服には見覚えがある。
それなりの良家の子息が集う高校のものだ。偏差値も高い。ピアスは大丈夫なのだろうか。今はそういう学校の校則も緩くなっているのかもしれない。
「特に良い訳では…。人並みです。」
若いのに随分、大人びた物言いで謙遜するものだ、と少し面白くなった。
けれど直ぐに、そんな良家の子息をこんな場所に付き合わせてしまって、不味かったと思った。
別に変な事をする気は無いが、食事に付き合ってもらうのはどうなんだろう。
やはり何も知らない他人で未成年は不味かっただろうか。
あ、いや…ギリ未成年では、ないのか…。
いやそれにしたって、高校生
なんだよな。
改めて瀧上を眺めると、自分とそんなに変わらないような身長に、小さい顔。細い、少し鋭い三白眼の目に、整った鼻梁、薄い唇。長い手足に痩せ気味の体躯。
今風の、普通の男子高校生だ。
俺も瀬崎もかつては似たような詰襟の制服に身を包んで、この店に出入りしていた。
食事をしている瀧上の姿に、瀬崎の姿が重なった。
外見的には何処にも共通点は無いのに、箸の運びの癖もフォークの動かし方も、グラスの持ち方も似ているのが本当に不思議だ。
俺はそう思いながら、レンゲで雑炊を口に運んだ。
「神尾さん、で良いですか?」
ピザを摘みながら瀧上はそう聞いてきた。
「呼びやすいように呼んでくれて良いよ。」
俺は答えながら瀧上を見た。
瀧上はじっと俺を見ていた。
「一葉、」
急に名前を呼び捨てられてドキリとする。
「…さん。 神尾さんより、一葉さんの方で呼んで良いですか?」
「あ、ああ。」
最近の子はこんなにフレンドリーに距離を縮めてくるものなのだろうか?
好きに呼べと言った手前、拒否はしないけれど、そうは言っても神尾さんと呼ばれるだろうと思っていたから、意表を突かれた感じだ。
俺達の時って、どうだったんだっけ…。やっぱりこんな風だっただろうか。
そうだったかもしれない。
俺より、瀬崎は人懐っこいところがあったから、誰とでも直ぐに親しくなっていた。
それを横目に見てヤキモキした事も多かったっけ。
「一葉さんは、どうして俺に声をかけたんですか?」
「…どうして…」
「どうして俺を見ていたのかなって。」
「…それは…、」
そう問われて、つい30分前の事が思い出された。
そうだ。つい30分前の事なのだった。
道端でたまたま目が合っただけ。
そんな相手と今こうして食事をしているなんて、普通では考えられないシチュエーションだ。
少なくとも俺の生きてきた人生には、これ迄無かった事だった。
正直に言って良いものだろうか、と一瞬躊躇したが、疚しい事でも無いなと思い直した。
「君が…亡くなった親友に、とても似ていて…。」
「…親友、の方ですか。」
「高校卒業して直ぐだった。
だから制服姿の記憶が強くて。」
「そんなに…似ていたんですか…?」
「…そう、感じたんだ。」
外見じゃない。でも似ている。
この15年、誰にも何にも彼奴の面影を見い出せなかった俺が、初めて感じた瀬崎の気配。
実際には、全くの他人。
例えばスピリチュアルな話をするとして、生まれ変わりにしたって年齢も合わない。
なのに似ていると感じたのは、彼奴の影を追い求める事に疲れた俺の願望なんだろうか。
「…似てるって、感じたんだ。」
本能的なものもあるのかもしれない。
瀧上は、そうですか、と頷き、グラスのコーラを飲んだ。
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