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「俺で良ければ。」
俺の提案に、瀧上はあっさりと飲んだ。
「受験だから、今日でバイトを辞めてきたんです。」
瀧上はそう言った。
彼の家は両親共働きで、成績さえキープしていればうるさく言われるような家ではないらしい。
だが、流石に受験ともなると勉強に本腰を入れない訳にはいかないので、1年の頃からしていたアルバイトを辞める事にした。
今日はその最後の挨拶に、学校帰りに制服を返しに行ったのだと、瀧上は言った。
「進学校なのに、バイトしながら成績キープしてたの?凄いな、君…。」
俺は素直に感嘆した。
彼は多分、αなんだろうとはわかる。
けれど、彼の通う高校はそれこそαだらけで、成績優秀者が凌ぎを削っている筈の場所だ。
そこでそんな事が出来るとは…。
αの中でもトップクラスなんだろうなと思う。
それでもやはり、皆が本気で臨む受験は別なんだろう。
「そんな事もないですけど…、ウチ、金がない訳じゃないんですけど、小遣い以外の事では言いたくなくて。」
「そんな感心な子もいるんだ…。」
「でもほんとは辞めたくなかったんですよね。
未だ目標額にも達してないし。」
そう言いながら溜息を吐く瀧上の表情に、歳相応の幼さが見えたようで、俺は僅かに笑いが零れた。
決して愛想が良い訳でもなく、人懐っこい訳でも、口数が多い訳でも無い。
なのに瀧上との会話は何故だか心地良かった。
沈黙が重く感じない。
それどころか、妙な既視感を感じさせて、心が解れる。
頭の回転の良い子なんだろう。
けれど、そんな子が、何故簡単に知らない大人についてきたんだろうか。
「瀧上君…日佐人君は、」
名前で呼ばれたから名前で良いかなと思って、瀧上を窺うと、頷かれた。
OKって事だろう。
「日佐人君は、何故俺に付き合ってくれたの?」
俺はそれに興味があった。
瀧上は俺を見ながら少し考えて、
「…一葉さんが、…寂しそうで…。」
と、答えた。
寂しそう、か。
通りすがりの高校生にすら見透かされてしまう程の寂しさ。
そんなものを、大の男が貼り付けて歩いているなんて。
無様さに思わず笑いが漏れた。
「笑い方も、寂しそう。」
瀧上に言われてドキリとする。
けれど、こんなにも歳下の高校生に同情されていると言うのに、存外それは悪くなく、寧ろ心地良かった。
同情が心地良いなんて、ちゃんとした大人なら、情けないと思わなければならないんだろうに。
俺の時間は、あの日で止まったままだから、俺はきっとずっとガキのままなんだろう。
そんな事を考えていて、ふと思いつく。
「目標金額ってさ。
金貯めてるの?」
小遣いだけなら不自由するような家庭環境ではないらしいのに、バイトして迄金を貯めているらしい。
何か目的があるんだろうか。
「…まあ、そんなとこです。」
別にその内容迄を知りたい訳ではなかった。
金が必要だという事さえわかれば。
「週一で、俺の飯に付き合ってくれないかな。
今日みたいに、そうだな…2時間。
このファミレスの中だけで。」
「…飯食うのが、バイトですか?」
訝しげな目。
そりゃそうか。俗に言うパパ活ってやつだもんな、これ。
でも俺は下心も無いし、若い子の時間を金で買っておきながら、説教をするような恥知らずではないつもりだ。
「この中だけで、2時間1万円。
飯代は勿論全額俺が持つ。
話は…そうだな、話しても話さなくても良い。
動画を見てても、音楽を聴いてても、勉強してても良い。
只…普通にしててくれたら、それで。」
「…俺は良いけど、そんなの、一葉さんに何のメリットがあるんです?」
瀧上は不思議そうに首を傾げる。
「…良いんだ。
俺も、楽しいから。
追体験してる気になってさ。」
「…そっ、すか…。
わかりました。
俺で良ければ。」
あっさり了承されて、今度は俺が驚いた。
「良いのか?」
「ぶっちゃけ助かるんで。」
悪い条件ではないとは思った。
店内だけの関係なら、妙な事をされるなんて危惧も持たないだろう。
「なら、交渉成立だ。」
「よろしくお願いします。」
ぺこりと、頭を下げる瀧上。
「こちらこそ、よろしく。」
そうして俺と彼の奇妙な関係が始まった。
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