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瀬崎とは高校に進学して同じクラスになった事から仲良くなった。
最初は少し線の細い奴だなって見てた。
つい先日迄中学生だったにしても小さいなと。
それでもふわふわした茶色い子犬みたいに懐っこくて、皆に愛嬌振りまいて、男女問わず可愛がられるような奴だった。
そんな瀬崎の性分は、その後成長期で背が伸びても変わらなかった。
瀬崎は高校に上がってもバース性判定が出ていなかった。
通常は中二の段階の検査で大概はっきりとした判定が出るが、あくまで個人差なので1、2年の誤差がある事は往々にしてある。
瀬崎もその一人で、本人は悩んでいるようだった。
「多分、βだと思うんだけど…ひいばあちゃんがΩだったらしいんだよな。
もしかしたら、ってのは、ある。」
Ωだと、少し面倒かなあ、と笑っていたが、内心は笑い事ではなかったのかもしれない。
誰だって選べるものならば、生き辛い人生よりは、普通でもそれなりに安穏とした人生の方が良いだろう。
でも俺達にはそれが選べない。
バース性は天からというより、遺伝子で決まるものだ。
偶に神の悪戯のように、一旦定まったバース性が変異する事があるらしいが、それもごく稀な事で、大方は1度判定が出てしまえば覆らない。
俺は小学校でも中二の判定でもαで、安定していた。
これはウチの一族が元々、そういう家だから、その遺伝子の恩恵だ。
俺の家も、父がα、母がΩという典型的なα一家だから、その子供の俺は9割以上の確率でαであると見られていた。
瀬崎の家は、一族の殆どがβという一族で、曾祖母がΩだったとしても曾孫の瀬崎にΩが出るなんて事は、本当に低確率な事だった筈だ。
なのに、大学受験が終わって一息ついた頃、体の変調を感じて病院に行った瀬崎は、検査の結果Ωの判定を受けた。
瀬崎の落胆は仕方の無い事だと思う。
だが、俺は嬉しかった。
俺は瀬崎を好きだったからだ。
けれど、俺はα。
瀬崎と付き合えたとしても、何れはΩに惹かれてしまうかもしれない。
α男性とβ男性の組み合わせは、無い訳ではないが、あまり上手くいったという話は聞かなかった。
βの恋人や、伴侶を作っても、Ωのヒートの匂いに惹かれてΩを選んでしまうαは珍しくないからだ。
それはαの本能であり、抗えないものだからだ。
その場合、別れなければならなくなったβも、Ωを選ばなければならなくなったαも、何方も傷つく結果になる。
俺は瀬崎を悪戯に悩ませたり、傷つける事など考えられなかった。
だからこの恋情は、自分の胸にしまって墓場迄持っていくつもりだった。
何時か、何年も経ってお互いに相手が出来たら、きっと良い思い出になる。
これで良かったのだと思える日がくる。
そう信じようと思った。
だが、瀬崎はΩだった。
天が俺に味方したのだと、感謝した。
自分の番は瀬崎以外には考えられないと、瀬崎に打ち明けた。
ずっと好きだった。番になる前提で、交際して欲しいと。
彼は驚いて、直ぐに真っ赤になった。
それから小さな声で、
「俺、Ωになって、良かったかも…。」
と呟いた。
拒否では無かったと思う。
「返事、もう少しだけ待ってくれる?」
瀬崎は真っ赤な顔でそう言って、そんな顔されちゃ返事はもらったも同然じゃないのかと俺も赤くなって頷いた。
「少しだけ、待っててくれ。」
瀬崎はにこりと笑ってた。
サプライズ好きな彼奴は、多分あの時何かを考えていたんだと思う。
多分、良い返事をくれるつもりだった筈だ。
だって俺の告白した後も、俺達は以前より互いを意識するようにはなりつつも、先の事をたくさん話していたからだ。
合格発表で二人一緒に受かって、二人で迎える大学生活を思って、期待に胸が震えた。
一緒にしたい事や、行きたい場所を毎日話して。
そして、高校を卒業して。
その、ほんの数日後の事だった。
サプライズも告白の返事もくれないまま、瀬崎は逝ってしまった。
俺をこの世にひとり残して。
俺達は未だ、番にもなっていなかった。付き合ってすらいなかった。
けれど、俺の心は既に瀬崎に深く囚われていたから、瀬崎はそれを持ったまま、あの世に行ってしまったのだった。
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