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(あ…また鼻撫でてる。) 瀧上…、日佐人君は 勉強している時や、何かに集中している時、ペン尻や右手の人差し指の腹で鼻の頭を撫でる癖がある。 瀬崎と、同じ。 俺はそれを見る度懐かしくなる。 けれど、最近では瀬崎と共通する癖以外の、日佐人君独特の癖や仕草なんかも覚えた。 スマホを弄る時は長い足を持て余すように組む。 頬杖をしながらピアスを人差し指で弾く。 何をしている時でも、お気に入りの曲がかかっていると鼻歌を歌っているのは、多分無意識なんだろうな。 そして、何時の頃からか、そんな日佐人君を見つめている俺と彼の視線が、絡み合う事が増えた。 彼は目を逸らさず、その瞳の奥には何かしらの感情が揺れていて、けれど俺には読み取れない。 だからそういう時は少し微笑んで、俺が先に目を逸らす。 それでもその後暫く視線を感じるのは何故なのか。 最初は俺の視線が不快なのかと思っていた。見過ぎたのかと。 でも聞いてみればそうではないと言う。 物静かだけど、結構はっきりものを言う子だと思うから、それは嘘ではないんだろう。 「一葉さんが綺麗だからです。」 最近では、そんな冗談なのか本気なのかよくわからないような事も言い出して、若さって怖いなと思う。 「 君は歳上にモテそうだ。」 揶揄い半分、本気半分でそう言ってみれば、 「好かれたい人に見てもらえなきゃ意味が無いです。」 と、真剣な目で言われた。 好かれたい人、か。 そういう人が、いるんだろうな。 高校生だもんな。 瀬崎に夢中だった高校3年間を思い出して、胸を焦がしたのがつい昨日のように思い出された。 目の前のこの少年から青年への過渡期にある彼も、きっとそんな恋の最中なのかもしれない。 そんな突っ込んだ事は聞かない事にしているが、出来るならば幸せな恋を経験して欲しいと思った。 間違っても、俺のような結末を経験しないような、失くしてもきちんと次へ行けるような恋を。 その日、彼は青い傘をさしてやって来た。 窓の外は梅雨空。 連日のようにしとしとと降り続く雨にも関わらず、その週末も彼は来てくれた。 金が介在しているとはいえ、経済的に不自由をしている訳でもない彼は、本来なら無理にこんなバイトに来る必要は無いんだろう。 何時飽きて、来なくなってもおかしくは無いと覚悟して始めた事なのに、彼は毎週律儀にやってきた。 こんな三十路のオヤジの食事に、寂しそうに見えたからという理由だけで付き合ってくれる奇特な若者だ。 その内来なくなるだろうが、それ迄は瀬崎との思い出に付き合ってもらえるのだ。 大事にしなくてはと思う。 待ち合わせの日は大概、俺が先に入って席を確保して待っている。 座って暫くすると日佐人君がやって来て俺を見つけてくれるから、座って直ぐにバイト代の入った封筒を渡す。 2時間きっかり経過したら、先に日佐人君を帰し、出ていくのを見送ってから、レジで会計をして帰る。 毎回そんな風に始まって終わる。 店内限定、2時間だけの関係。 俺は自分で決めたそれを、きっちりと守るつもりでいた。 だから日佐人君のプライベートも、彼自身が話してくれる事以外は聞かないと決めていた。 日佐人君もそれを察しているのか、最初の日以降、俺から話す事以外は聞いてこなかった。 けれど、今日は少し様子が違っていた。 俺が店を出ると、少し先に見覚えのある青い傘。 日佐人君が佇んで、俺を見ていた。 何か、伝え忘れた事でもあるのだろうか。 「…俺が、」 日佐人君が、俺に向かって口を開いた。 雨の音で聴こえにくい。 早足で近づく。 「どうした?」 日佐人君は俺を見つめていた。 「俺が…、いや、俺が…、 連絡先、教えて欲しいって言ったら、もうクビになりますか?」 彼の唇が少し震えていたのは、降り止まない雨に冷えたせいなんだろうか。
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