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(…あ、今の…。) そんな訳がないのに、つい振り返って2度見してしまった。 そして、案の定 落胆する。 そんな訳が無かった。彼奴はあの日、死んだ。 俺の目の前で。 俺を庇って車にはねられた彼の瞳の光が消えていくのを、直後に駆け寄り抱き起こした俺自身が見ていたのだから。 瀬崎はもうどれだけ探してもこの世界の何処にもいない。あの日、消えてしまった。 振り返って迄見た事を、後悔した程に、その男子高校生は彼にはひとつも似ていなかった。 瀬崎の髪は、もっと明るい栗色だった。 瀬崎の目は、もっと大きくて、瞳は茶色く澄んでいた。 瀬崎の背はもう少し低かったし、表情は明るかった。 視線の先の男子高校生は、長身で短い黒髪、切れ長の目に真っ黒い瞳、表情は殆ど無く。 俺の視線に気づいて視線が合っても、表情は何一つ動かず、只 僅かに唇が動いた気はした。 それだって、実際はどうだか。 いきなり街中で自分を凝視する男に引いた風も無く見つめ返してくる少年は、俺が言うのもなんだが、何処か異様だ。 たくさんの人々が行き交う中、暫く視線だけを合わせて俺と彼は、やがて彼が歩み寄って来た事で状況が動いた。 「俺に、何か。」 聞き慣れない、低く響く声。 一度視線を伏せてから、やや目を細めて俺を見る。 耳に挿していたイヤホンを外し、手首に巻く。 その2つを同時にする人間を、俺は1人しか知らなかった。 「…時間、少しありませんか?」 だいぶ歳下の高校生に、ナンパじみたセリフが口をついて出た。思わず。 それを聞いても、男子高校生は俺を見つめたまま、その表情は動かなかった。 気味悪がられるだろうか、とダメ元だったのだが、意外にも男子高校生はこくりと頷いた。本当に良いのか。大丈夫なのか。 「少しなら。」 「ありがとうございます。」 自分でも、大胆な事をしていると思った。 こんなに思い切った事を出来る気力が、自分に残っているとは思っていなかったから。 モノクロの景色を生きている俺の人生に、少しだけ色がついた、ある早春の夜。
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