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送り犬
私の祖父母の家は、Y県の山奥にある。これは私が随分小さい時の話だ。
そのころ、一帯の家は典型的な古民家の造りであった。
月に数度、昼過ぎから順番に近所の老人が集まっては猟の打合せをしたり、茶や酒を飲み交わしたり、祭事の話し合いなどを行っていたものだ。
その日も、たまたま何らかの集まりだったように記憶している。大人の会合、というものは幼い子供にとっては魅力的なものである。話し合いに参加している、と思うと自分がぐんと立派になった気がするからだ。顔を出して挨拶の一つでもすれば、無条件にかわいい、利口だと褒められ茶菓子の二つや三つはもらえる。
だが五分もすれば誰もかまってくれなくなる。
話は長く小難しい。
口を挟めばむこうで遊んでろと叱られるのだから、暇で暇で仕方ない。
そのうち便所に行きたくなってしまった。
次の祭りの打合せは、声をかけるのも躊躇われるほど紛糾している。私は、ひとりで外に出た。そのころの古い便所は、母屋からすこし外れたところにあるのが普通であった。
まだ、あの退屈な話し合いは終わってないだろう。つまらないなぁ、と考えながら小便を済ませ外に出ると、横から生ぬるい風が吹いてきた。思わず顔を向けると、家の裏山へと続く道が夕闇の中にぽっかり口を開けているではないか。
本来は山から続く薄暗い獣道のはずだが、道の両端に並べられた石灯籠が暮れかけた山道を点々と照らしていた。まるで私を導くように灯りがついている。私は何かに引っ張られるように駆け登っていってしまった。
後ろから聞こえる風の音も獣の遠吠えも怖いとは思わなかった。普段は繋がれた犬にさえ怯えてしまうような子供だったのに。
ぐんぐん歩いていくうちに、道は明るく、賑やかになっていく。どれほど歩いたのだろう。気がつくと私は、神社の参道まで辿り着いていた。
目の前に現れた石造りの鳥居をくぐると、人々のざわめきがぐっと強くなる。シューシュー鳴るガスの音。屋台の電飾と鮮やかな水引幕がずらりと並んでいる。私は、参道にずらりと並ぶ夜店に目が奪われてしまった。
すれ違う人々がお面を付けていない私を珍しそうに振り返って見ているが、夢中な私は意に介さなかった。
ふらふらと屋台を覗くうちに、ふとある飴屋に目が行った。電球に照らされたべっこう飴はきらきらと輝いていて、私はそれが無性に欲しくなってしまった。ツヤツヤしていて、動物のような形のものもある。
狐面の店主が大きな匙ですくった星屑のようなザラメが、カラカラと鍋に落とされ、やがてくつくつと溶けていく。黄金色になった飴は、とろりと垂らされてウサギの形になった。きゃらきゃら笑いながら女の子が飴を受けとり、どこかへ走っていく。
なんて素敵なんだろう。なんておいしそうなんだろう。
齧り付くように店先を見ていると、私に気づいた狐面の店主がこちらをむいて「きみにもあげようね」と月のようにまんまるな飴を持った手をこちらに伸ばした。私も思わず手を伸ばし、飴の棒を掴みかけたところで誰かが背後に立つのがわかった。
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