第三章1『役職変更』

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第三章1『役職変更』

『何でも屋』を結成してから一ヶ月が経とうとしていた。そう、一ヶ月が経とうとしているのだ。それなのに受けた仕事といえば?猫探しとプロポーズの二つだけ。まあ確かにあのホームページを見てここに頼もうと即決するのは能力の存在を知っているやつ、ただのバカ、この二通りだろう。    そんな事を天野はいつもの喫茶店で考えていた。今日は毎週土曜のミーティングデイだ。    そして何故話し合いの時間にこんな長々と考えていられるのか、それは真木が電話で父親と絶賛口論中だからだ。    彼女は今、右隣の窓ガラスの外側でかれこれ三十分話している。表情を見る限りあまり楽しい話ではないらしい。しかし何故あれだけ出たがらなかった父親の電話に出たのか、それには理由があった。    三十分前のこと…………    ——————————    プルルルッ、プルルルーッ    電話のコールが鳴り響く。    「お?仕事の依頼だったりして。」    冗談で言ってみる。流石にこれまでここまで依頼がなかったのだ、ほぼその可能性は捨てている。    「えー、そんなわけ……、え?」    「どうした?」    「ひ、非通知だ!ワンチャンあるよ!」    そう言って真木はスマホを耳に当てる。そう、そのときは考えもしなかったのだろう、その非通知の相手が自分の父親からのものだなんて。    ————————    ひと段落ついたのだろうか、真木が疲れた顔でこちらに戻ってきた。    「どうだった?」    「え?どーでもいい話だったよ。ほっといてって言ってるのに…………」    「で?どんな内容なんだよ。」    「何、そのニヤニヤしてる顔は。こっちが苦労してるってのに〜。」    真木は少し不服そうにもう冷めているだろうコーヒーを一口飲んだ。    「普通だよ、『暮らしはどうだ?』『仕事はどうだ?』とか。」    「それで?なんて言ったら納得してくれたんだ?」    天野のニヤニヤは止まらない。    「え? 普通に不自由なく暮らしてるって言った。」    「え、それだけでこんなに話してたのか?どんだけゆっくり会話してるんだよ。」    「そんな訳ないじゃん、あとは覚えてないだけ。適当にあしらったから。」    可哀想なお父さん、娘のことが心配で電話してくれているというのに。    「そんなことよりさ、私はこのホームページをどうにかしないといけないと思うんだ。」    おっと、話を変えやがった。このままじゃ劣勢になると判断したのだろう。それかニヤニヤが嫌だったか。    両方かもな。    「そうなんだけどなぁ、代わりになんて書けばいいかさっぱり分からない…………」    「いっそ街中で実演してみる?」    「ん〜、あ、ダメだな……」    「え〜、なんで?いい案だと思ったのに。」    「最初はそれいいかなって思ってたんだけど、能力のことを知ったヤバい人達に誘拐されそう。」    「悪の組織みたいな?」    「そうそう、時間を巻き戻すなんてすごい能力だから、きっと体を(いじ)くり回される。」    「実演はなしだね。」    結局、可能性がありそうだった真木の案は二人のドラマの見過ぎのせいで、三十秒でボツになった。     その後、まともな案は出ず、今日の一番時間を使った話題といえば先日真木が食べたというイタリアンレストランだ。なんでも少し高いとはいえ、その店のカルボナーラはなかなかの絶品だったらしい。(もちろんしっかり場所は聞いておいた。)    「じゃあ、また来週ね。」    「おう、今度こそホームページの話をしないとな……」    「大丈夫、もうあのオヤジは電話してこないから。」    何故かこの別れ際の言葉を聞いた時、自分が言われているわけではないのに胸が痛かった。      ————————    ピピピッ、ピピピッ、カチャッ    会社が休みの日曜日、いつもの時間にしっかりと天野は起きた。カーテンを開けると空は快晴、いい気分である。    少し軽くなった体でキッチンに向かい、パンをトーストにセットする。今日は気分がいいので目玉焼きも焼こう卵を割ると。    「おっ、ラッキー」    なんと黄身が二つ出てきた。いよいよ今日は運がいい。    宝くじを買った方がいいのではないかと思いながら天野は入れ立てのコーヒーを飲む。時計を見ると時刻は午前八時だ。今日は運もいいことだし昼まで素材集めでもしてみよう。物欲センサーなど、ものともせずに欲しい素材が手に入る気がする。  そこから天野は無心で三時間もの間モンスターを狩り続けた。    ——————    なんと冗談半分で素材集めをしてみたのだが恐ろしいぐらいにレアドロップが出る。まるで機嫌をとるかのように………    「なんか嫌な予感が……」    こういう時は必ずバランスを取るかのようにアンラッキーが降り注いでくる。天野は世界がそうやって成り立っていることを知っていた。    プルルルッ、プルルルッ    天野のスマホが突然鳴り始めた。    タイミングがタイミングなだけに少しホラー映画を思い出す。夜でなくてよかった。    相手を見ると真木だ。昨日会ったばかりだろ………    「もしもし?」    「あ、もしもし、突然でごめんなんだけど、今日って暇?」    「え、いやまあ、暇だけどさぁ、昨日あったばっかじゃん。」    「いや、昼ごはんどうしよっかなーって思って、天野君が昨日のカルボナーラの話に食いついてたの思い出したからどうかなぁって。」    「え、でもこの前行ったばっかりなんじゃ…………」    「あ〜、違うメニューも頼んでみたいの、どう?来れる?もしかしたら奢ってあげるかもよ?」    「十二時に現地で。」    即答だった。    そうと決まれば準備だ、この時すでに天野の頭の中から不安は消えていた。カルボナーラのことで頭一杯である。    家を出てレストランに着いたのは十一時五十分、上出来だ。中に入り見回してみるが真木の姿はまだない、いつもならコーヒーを頼んでゆっくり待つが残念ながらここはイタリアンレストラン、そんなものは置いていなかった。    外を眺めながら待つこと五分、やっと知っているシルエットが視界に入った、真木だ。しかし妙だ、斜め後ろに五十代ぐらいの男性が付いているのだ。ストーカーにしては攻めすぎだし、彼氏にしてはかなりの歳の差だしまず仲が良さそうではない。なら誰か、天野は最近の記憶から答えを導き出した。確実に自分は合わなくていい人ではないのか。    「あ、お待たせ、啓太くん。待った?」    ん?今なんて言った?    「なんだよその呼び 痛ッ!」    なんで質問しようとしただけで脇腹を抓られないといけないんだ。    「お願い、話を合わせて」    耳元でそういうと真木は正面が空いているにもかかわらず隣に座った。四人席で向こうには連れがいるのにも関わらずだ。連れの男性も平然と向かい側に座る。いや、おかしいだろ。    この時、天野の嫌な予感は急激に上昇し始めた。どうにかして何かが始まる前にここから逃げなくては。    しかし先手を打ったのは真木だった。    「啓太くん、この人、私のお父さん。お父さん、この人が前に言った彼氏の天野啓太君。」          ……………………………は?
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