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第三章2『蟹に勝るものなし』
真木から想像していなかった言葉が出て、天野は数秒フリーズした。
今こう言ったよな。俺が『彼氏』?
…………どういう冗談だよ。
「そうか、君が……いつも楓が世話になってます。」
「えっ、あー、いえいえ、こちらこそいつもまさ、楓には助けてもらってます。」
真木の顔が怖すぎて話を合わせるしかない。
「で、だ。楓、お前彼氏ができたらうちに一度顔見せるようにって言ってただろ。どうして黙ってたんだ。」
「別に黙ってたんじゃないし、タイミングを見計ってたんだよ。」
「母さんとも話したんだがな、天野君、もし用事がなければ来週二人で家に来なさい。」
え、正直すごく嫌だ。別に彼氏でもないのに何故真木の家に行かなければならないんだ。何か理由をつけて断ろう。
「すみません、来週は……」
「そうだよ!彼氏の顔を見に来るだけだって言ってたじゃん、なんでわざわざ家に帰らないといけないの?」
でっち上げの用事を言う前に真木が割り込んできた。いや、お前は実家だろ。少しくらい顔を見せに行けよ。
「だってなぁ、一年間付き合ってるんだろ?そろそろ母さんにも彼氏の顔ぐらい見せてやれよ。」
一年?いやいや、まだ知り合ってから一ヶ月しか経ってないよ。
「別に一日ぐらい、いいだろ? あっ、そうだ、夜には蟹を出そうと思うんだ。」
「楓!流石に一年も交際してるんだ、顔ぐらい出しに行かないと!」
「よく言ってくれた天野君、楓、彼は来てくれるようだがまさか一人で行かせようというのか?」
横からすごく睨まれているような気がするがきっと気のせいだ。俺はいい事をした。WIN-WINの関係だ。
そのあとは真木が首を縦に振るまで五分間待ち、念を押すと父親は帰っていった。
さて、取り調べの時間だ。
「さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか。」
「お手柔らかにお願いします……」
————————————
取り調べの結果、この前の電話だけでは心配だった父親が朝早く真木の家に押し掛けたらしい。なんでも彼氏がいると言われ信じられなかったのだとか。今更嘘だったというわけにも行かず、俺のことを紹介した。
「何か言うことは?」
「ら、来週のデートは実家だね?」
「違うだろ。」
「申し訳ございませんでした! でもさ、何で天野君実家に行くって言っちゃったの?私行きたくなかったのに……」
「いや、俺は向こうの気持ちになって考えただけだよ。」
「蟹って単語にかなり反応してた気がするけど気のせい?」
「いや、別にタダ飯ラッキーなんて思ってないから。」
「どうだか……」
「いや、でもさ。流石に実家ぐらい帰ってやれよ、寂しがってるんじゃないか?」
「だってめんどくさいんだもん。向こうに行ったらわかるよ。自分で決めたんだから後悔しないでね。か•れ•し•君?」
目を覚まし、時計を見る、六時半だ、何故休みの土曜日にこんな早起きをしなければならないのか…
真木が言うには実家まで電車を三つ乗り変えて五時間ほどかかるらしい。(いったいどんな田舎なんだ。)
流石に昼までには着いておかないとあの父親がうるさそうなので仕方なくこの起床時間だ。
プルルルッ、プルルルッ、
スマホがなる。この時間の電話はどうせあいつだ。
「もしもし?まだ集合時間から余裕あるけどどうした?」
「天野君、やっぱり行きたくない…」
「いや、ここまで来たら行くしかないだろ、駄々捏ねてたら電車乗り遅れるぞ。」
「ん〜〜、あ、そうだ!やり直そうよ!そしたら行かなくてよくなるかも。」
「どうせ近い未来にあの人押しかけるぞ?このイベントは避けて通れないんだよ。」
「え〜〜、私今回出番ないじゃん、何のための能力なんだか…」
いや、少なくともこの時のためにあったものではないと思う。
その後、準備をして約束の駅で待ち合わせをし、予約していた新幹線に乗った。七時半だ。
「ねぇ〜ねぇ〜天野君、なんか持ってきてない?暇なんだけど。」
「何にも?俺はスマホさえあれば何時間でも過ごせるから。」
あとは真木と二人で遊ぶとなるとめんどくさそうだからだ。すまないな真木、この勝負、俺の勝ちだ!
「まぁ、そうだろうと思ってちゃんとトランプ買ってきたよ。」
くっ!やめろ、そのニヤニヤ。一枚上を行ってやったぞと言わんばかりではないか…
「でも、二人でできるトランプなんて限られてるだろ。すぐ飽きるぞ?」
もう一声欲しい、後一手あれば追い詰めれる。何かないか…
「大丈夫、他にも色々持ってきたから。」
…………完全敗北である。
二時間ほど新幹線で真木に付き合わされ、やっと一つ目の駅に着いた。後三時間も真木に付き合わないといけないのか……。
「うわぁ〜、懐かしいなぁ、いつぶりだろ。」
「正月とかも帰らなかったのか?」
「うん、自立してから一回も帰ってきてない。」
そりゃ家族も心配するわなぁ。
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