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第三章4『順調』
「なんで帰ってきちゃったんだろ。」
「まあ、元はと言えば嘘ついたからだな。」
「ずるいよ天野くん、一人だけ逃げて!」
「しっかり注意していたのが功を奏したな。」
「早く帰りたい……」
「明日帰るんだから我慢しろよ。一番帰りたいの俺なんだから……」
「天野くんは蟹があるからいいじゃん、私ここにいるだけで寿命が縮んでってると思うんだ。」
確かにいつもに比べ覇気がどんどん弱くなっていってるような気がする。
「あ、蟹といえば、夜ご飯六時からだってぇ。」
おぉ、さすが田舎、ちゃんと早い。この分だと消灯時間も九時なのだろう。
「大人しくオセロでもして待つか?」
「お?私にオセロを挑んでくるとはいい度胸だねぇ。」
「自信あるの?」
「うちで一番オセロが強いのは私だよ。」
「じゃあ負けた方が今度奢りでどう?」
「言ったね!私負けるつもりないから!」
——————————
「そんなはずない…… きっと何かズルをしたんだ……」
居間に続く廊下を歩いている間楓はずっとなにかを物々と呟いていた。全敗したのがよほど悔しかったのだろう。
そんな楓についていき、居間につくといきなり名前を呼ばれた。
「あ、楓と天野くんはここに座って!」
佳奈美さんだ、どうやらテーブルのど真ん中を用意してくれたようだ。テーブルには俺の知っている真木家と、知らない夫婦?が座っていた。
「よしみんな揃ったな? じゃあ楓の彼氏の天野くんに」
「「「「カンパーイ」」」」
「なあ、お前の正面の二人ってだれ?」
「あ、そっか。男の方が私の兄の壮士で、隣の人が奥さんの悠妃さん。」
「初めまして天野君、まさかあの楓が彼氏を連れてくるとは思わなかったよ。仲良くしてやって。」
「よろしくね〜」
みんなそれ言うな。そんなに彼氏を連れてくるのが想像できなかったのか?
「いやぁ〜 この前会った時は楓ちゃんが大きくなってビックリしてたけど、昨日彼氏がいるって聞いて大人になったんだなぁって再確認したなぁ。」
「だよね!お姉ちゃんいつまでたっても彼氏の話でないから心配してたんだよ。」
「別にいない訳じゃなかったんだけど言うのが面倒臭くて……」
「(事実をいうと?)」
「(普通にいなかった。)」
小声で確認を取る。つまり息をするように嘘をついている訳だ。
「まあ、良いじゃないか、こうやって集まれたんだ。天野君、遠慮しないで食べてくれたら良いからな。」
「はい、いただきます。」
——————————
そこからは質問をされ楓が(嘘の情報を)返すという流れが多かった。あまり嘘をついた楓を責めないでやってほしい。何せ内容が『初めて会ったのはいつ?』『いつ付き合い始めたの?』『どこが好きなの?』と、正直に答えれば一発アウトのものだったのだから。
どうにか質問を乗り越え、居間を脱出した後、佳奈美さんに今日寝る場所を聞いた。
「母さん、啓太くんが今日寝る場所ってどこ?」
「あ、そっか、ついてきて!」
ついて行く最中、疲れ過ぎか頭痛が酷かった。今日はゆっくり寝て明日の役作りを頑張らなければ……
「この部屋に布団を敷いといたから今日はここで寝てもらえる?」
「分かりました。ありがとうございます。」
「あぁ、一番端の客間を使うんだ……じゃあ私もう寝るからお休み。」
「え? 何言ってるの? 楓もここで寝るに決まってるでしょ。」
「え? いいよ、自分の部屋で寝るから。」
「ダメよ、あの部屋の布団こっちに持ってきちゃったもの。あ、もしかしてまだ《••》なの?」
——————まだ?——
「ま、まだに決まってるじゃん‼︎」
そういう楓の顔は少し赤くなっているように見えた。
あぁ、そのまだ《••》か
「もう少しお互いを知ってからにしようかなって思ってまして……」
「なら今日は丁度いいじゃない。大丈夫、少しぐらいならここ端っこで周りの部屋は誰もいないから。」
そういう問題じゃなくて……
「とにかく、今日はここで寝なさい。これはお母さんからの試練です。二人で寝れないようなら寝れるようになるまで毎週帰ってきてもらいますからね?」
無茶苦茶だ。
大の男と女、風呂にも入り、同じ部屋で隣同士に寝た場合、何を連想するであろう。
天野は楓を相手に一瞬、ほんの一瞬ではあるがそういう雰囲気を感じてしまった。楓は普段と特に変わらない様子である。
「なぁ、明日って何時に帰るんだっけ?」
「ん? 朝ご飯食べたら私はすぐに出たい。なんなら今すぐにでも……」
「もしかして俺の隣に寝るのが嫌なのか?」
いつものお返しだ、ちょっと意地悪をしてやろう。
「べ、別に? 寝るだけなんだし隣に誰がいようと関係ないんじゃない?」
そういう真木はなぜか目線を逸らしていた。明らかに恥ずかしがっている。
「なに? なら寝相悪いのが見られたくないからとか?」
「別に見られてもいいし寝相は良い方ですから!」
これは寝相が悪かった場合は写真ホルダー行きだな。
「じゃあ電気消すぞ?」
「え〜、何かしようよ。」
「いや、UNO飽きるほどやっただろ……」
「今度は違うゲームだから!」
時計を見てみる。時刻は九時半だ。確かに寝るには早い。しかし……
「ほら、二人でできるゲーム考えて!」
このテンションについて行くのは大変だ。
「ここの朝ごはんっていつも何時ぐらい?」
「え? 六時とかかな?」
「いつもお前が起きてる時間は?」
「休日は八時半とか、かな?」
「今日は早く寝て、明日早起きしたら早くに帰れるぞ?」
「う〜ん……でもなぁ。」
「起きれる自信があるんだったらいいぞ? そのかわり起きれなかったら俺が本当は彼氏じゃないっていうからな。」
「決めた、時刻は九時半。消灯の時間です。」
こんなに楓ってバカだったか?
————————————
赤い、視界が赤い。
体は動かず誰かに呼ばれている気がする。誰だろう、手を握ってくれているのは……
どんどん眠たくなって行く。だんだん視界が狭くなって行く。そんな中、暖かい温もりはずっと手の中にあった。完全に眠りにつくまで、ずっと。
————————————
スマホの目覚ましのアラームが鳴り響く。時計を見ると五時四十五分。楓から聞いた朝食の時間の十五分前だ。
楓はというと……
上下反対で大の字に寝ていた。
カシャッ
なるほど、これを見られたくなかったんだな。あとでこの写真見せてやろ。
「真木、起きろ、朝だぞ。」
「ん〜、あとちょっと……」
「そんなこと言ってないで、帰りたいんじゃなかったのか?」
「ご飯は食べないといけないじゃん、今起きなくても一緒だよ……」
「分かった。俺は彼氏じゃないって行ってくる。」
「おはよう、いい天気だね。さあ準備をしよう!」
今回の楓はとても扱いやすい。
しかし、物事はそうすべて上手くは進まない。山があるなら必ずどこかに谷があるのだ。今回の帰省も同様に……
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