27人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章『何でも屋』
第一章 『何でも屋』
時々こう考えることがある
人間は一人一人が歯車の役割をしていて、自分はその一人。そしてその様子を観察している空の上の人々はそこに油をさしたり、歯車を交換しているのではないか、そう、まるで時計が止まらないようにメンテナンスをするかのような状況を。
もちろん本気でそうだと考えているわけではない、あくまで想像である。しかし天野にとってはそれが一番現実を表すのに適している表現だった。
「ーー駅、ーー駅。」
車掌のアナウンスが流れてしばらくし、電車が止まり扉が開く、今の時間はそこまで混んでいないので比較的スムーズに下車と乗車が行われる。これもいつも通りである。そして乗り終わったことを確認した車掌が扉を閉めるアナウンスをするのだ
いつものよう——
「ちょっと待った!!」
——ガシャン————
駅の階段の方から女性の声がしたがどうやら間に合わなかったらしい。車掌もなかなかに冷たい
。
そんな中、電車は無情にも動き出す、残念だな、見ず知らずの女性よ。
少しいつもと違う出来事があったりもしたがそんなことで流れは変わらない。次の駅では何事もなく下車と乗車が行われるのだろう。
「ーー駅、ーー駅。」
————???
おかしい、その駅は先程過ぎたはずだ、珍しいことが起きたのだからよく覚えている。しかし電車は当たり前のように同じ駅に停車して扉を開く。ここで違和感に気づく、先程よりも人数が増えているのだ。正確には先程降りたはずの人がまだ電車に乗っている状態、その人達はまるでさっきは降りていないかのように、平然と降りていくのだ、明らかにおかしい、デジャブが起こっているのだろうか、それならばこれから現れる可哀想な女性も先程と同じように現れるはず。
「よし!間に合ったぁ〜」
これは先程の記憶とは噛み合わない、この女性は乗れないはずだったのだから
その女性は電車内をキョロキョロと見回すと俺に視線を合わせた、対して俺はというと、驚きで口が塞がっていない。どういうことなのだ、俺がおかしくなってしまったのか?
「だ、大丈夫ですか?」
先程の女性だ。
「あー、はい、大丈夫だと思います。」
「大丈夫だと思いますって、あなた、自分のことなのに断言できないんですか?」
その女性はそう言うと少し面白いものを見たかのように微笑んだ。先程まで分からなかったが近くで見ると美人だ、顔が小さい割に目と口は大きい。髪型は黒髪のロングだ。
「いや、少しデジャブのようなものに襲われて、気にしないでください」
「へー、どんなデジャブだったんですか?」
気にするなって言ってるじゃないか……
「それが、あなたがこの電車に乗れなかった様子なんですよ」
こういう説明は苦手だ、ましてやこんなくだらないこと、きっと何を言ってるのかわからない顔で引かれるのだろう。というかなんで正直に言ってしまったんだ、適当に理由をでっち上げれば良かったじゃないか。
そんなことを考えていると、
「え、今なんて?」
思った通りだ、そりゃ引かれるよな。
「だから、あなたが電車に乗り遅れるのを見たんですよ。どうかしてますよね…」
「すみません、お名前お伺いしてもいいですか?」
なぜここで名前を聞いてくるのか分からない、こんな奴とは接点を作りたくないだろうに。
「天野ですが、あなたは?」
「あ、すみません、私から名乗るべきでしたね、真木と言います、いきなりですみませんが、今日お時間ありますか?」
意味がわからない。
もちろん今から会社に行かないといけない天野は今は無理だと答える。
しかし彼女は引かないのだ。
「では、仕事は何時に終わりますか?」
そんなこと今わかるはずもない。
「さあ、仕事の進みぐらいにもよりますから。」
「そうですか…」
やっと諦めてくれたか、もうすぐ降りなければいけない駅だ、ギリギリだったな。
「では、私の電話番号をお伝えするので仕事が終わったら掛けてもらってもいいですか?」
まだ引く気は無いのか。
「でも、何時に終わるか分からないですし…」
「何時でもいいんで‼」
困った、このままでは本当に電話をかけなくてはならなくなる。
そのまま彼女はどこからかメモ用紙を取り出し番号を書いた。
「本当に、何時でもいいんで。」
そういうと彼女は俺にメモを渡した。
「でも、電話なんて何のために——」
そんなやり取りをしていると車掌のアナウンスが流れた。会社の最寄駅だ。あと少し粘ったら番号を受け取らずに済んだのか…
電車が止まり扉が開く
下車と乗車が行われる、僕は下車する。
「絶対ですからね! お願いしますよ?」
扉の前で彼女はそう言い扉は閉まる。
さて、どうしたものか。彼女は何故そんなにデジャブのことが気になったのだろう、それとも俺のことが気になったのか? いや、それは無いな…
そんなことを考えながら会社に向かう。
天野の通う会社は駅から徒歩十分の比較的新しい会社だ。給料も立地もいいのでそれなりに満足している。
最近天野の所属している部署は回ってくる仕事が多く忙しくなってきている。さっき言った何時に終わるかわからないと言うのもあながち嘘でも無いのだ。といってもブラック企業では無いため、よっぽどのことがない限り定時には帰れるのだが、家に帰ってもやることのない天野は残業代目当てに残って書類整理を良くするのである。
そんなことを考えていると誰かがボードで頭を叩いてきた。
「あんまり手が動いてないみたいだけど、大丈夫かな?」
そう言いながら後ろからパソコンの画面を覗いてきたのは同じ部署の佐々井夏希だ。
実は彼女、大学の同級生なのだが、どうゆう偶然か同じ会社の同じ部署に配属されたのだ。大学で彼女はよくモテていたのだが本性を知っている俺からするとそんな気にはなれない。
「よく言うなぁ、そう言うお前こそ仕事しなくていいのか?もしかして、暇?」
「別に暇な訳じゃないし、ただ天野がぼーっとしてるのが目に入ったから注意しにきただけだから?」
ニヤニヤしながら佐々井は言う。
どうやら暇だったようだ。
「ならもう大丈夫だから自分の仕事しろよ、どうせ昨日から全然進んでないんだろ?」
「失礼な!私が担当してる資料はもう半分片付いてるんだから。私の方が上です‼」
どうやら自分の仕事が一番少ないことを忘れている様だ。
「はいはい、仰せのままに、女王陛下。」
「うわぁ、腹立つなぁ〜」
「お前ら喧嘩してる余裕があるのか、よっぽど仕事が進んでいるんだな、上司である俺も鼻が高いよ。」
そう言って俺の後ろに現れたのは俺たちの上司である沢田康太だ、そんなセリフを吐きながら全くもって顔が笑っていないのは気のせいでは無いのだろう。さて、どうやって逃げたものか。
「あ、必要な資料取ってくるの忘れてました、少し資料室に行って取ってきます。」
「はぁ、すぐ帰ってこいよ。」
「はい。」
三十分は探しているふりをしておこう。
「あ、私も忘れたかも…」
「佐々井はこの資料の整理をしてもらう。どうやら仕事が足りない様だからな。」
「うっわ、重い。」
ざまあみろ、後でおちょくってやろうと心に決めた天野であった。
しかし三十分も資料室で探し物などできるはずもなく、資料を探しているフリをしていると管理人から何を探しているのか聞かれてしまった、答えないわけにもいかず、少し先に必要になる書類を仕方なく言うと、ものの数秒で持ってきたのだ。流石にこの後も探し物をする訳にはいかない。天野は渋々自分のデスクに戻った。
「ん?思っていたよりも早かったな。」
「はい、管理人の方が手伝ってくれましたので…」
——クス————
おい、今笑っただろ、そう思いながら横目で佐々井を見る。ざまあみろと言いたげだ。
「そうか、それなら早く仕事を済ませよう。ここにある資料以外にもやるべきことは山積みなんだからな。」
「はい。」
資料室でサボろう大作戦、稼げた時間はたったの十分だった。
結局、仕事が終わったのは午後八時だった、その後は佐々井に誘われて飲みに行き、最終的に帰宅したのは十二時、少し飲みすぎた。
何か忘れてる気がするのだが今この状態で思い出せる気もしない、天野はおとなしく寝ることにした。
——ピピピ、ピピピ、ピッ、カチャ————
目覚ましのアラームで目が覚め、目をこする、記憶が正しければ今日は土曜日のはず、会社は休みだ。
天野はベットから起き、リビングに向かう、今日は何をしよう、そんなことを考えながらテレビをつける、ついたチャンネルでやっていたのはニュース番組だった。今はちょうど天気予報をしている。今日は家から出る気がないので見る必要はないそんな事より朝食の準備だ、棚から食パンを取り出しトースターに入れる。天野は朝食はご飯よりパン派だ、理由は簡単、食べるのが楽だから、調理は焼くだけでいいし、手で食べれる、最悪歩きながらでも。
以下のことを考慮し天野はパンを押している、正直味はどちらも美味しいため関係ない。
『次のニュースです——』
あまり頭に入ってこないニュースを見ながら天野は頭に何か引っかかった。何かを忘れている気がする。
「なんだったっけ…」
『〜〜社の携帯電話に遂に新型が——』
携帯電話…まてよ、番号。
あぁ、電話かけるの忘れてたな。日付を跨いでしまったのだしもう電話はしなくてもいいだろう。という訳にもいかず、どこにメモを入れたか思い出す。
確かズボンの右ポケットに…
あった、時計を見てみると八時十五分、よし、七時に仕事が終わったことにしてみるか?そんな冗談を考えながら一応電話をしてみる。
プルルルル、プルルルル——
「もしもし?」
電話に彼女は出たものの完全に寝起きの声だった、おっと、今欠伸したな。
「あ、朝早くにすみません、天野です、昨日電車の中でお話しした…」
「ん?」
まさか彼女も忘れていたのか?それなら俺もお咎めなしだな。
「あ、電話してくれたんですね、よかったぁ、昨日は三時まで電話が来ないか待っていたんですけど、なかなか来なかったもので忘れられているのかと…もしかして今仕事が終わったんですか?」
どうやら俺だけが有罪らしい。
「すみません、実はついさっきまで電話のことを忘れていて…」
「あ、そうだったんですね。気にしないでください、私が半ば無理やり頼んだことですから」
どうやら無理やりだったという自覚は少なからずあったらしい。
「天野さん、またまたいきなりで申し訳ないんですが今日ってご予定はありますか?」
「いえ、特に決まっては無いですが…」
「では、今日会うことは可能ですか?」
「まぁ、出来るっちゃ出来ますけど。」
「希望の場所とかありますか?」
「えっ、じゃあ————」
結局彼女に流されるまま話した結果、渋谷駅の近くにある喫茶店で待ち合わせすることになった。一つ不安なのが彼女の顔があまり思い出せないことだ、綺麗だったのは覚えているのだが…
そんな不安を抱えながら天野は渋谷に向かった。
喫茶店に着き時計を見る。十時二十五分だ。待ち合わせの時間が十時半なので五分前行動完了だ。
ここの喫茶店は一ヶ月前にパンケーキが美味しいと取り上げられて人気になった場所だ。俺も一回でいいから食べたいと思っているのだがいつも何かしらの理由で断念している。ちなみに今日は朝食のパンでお腹が空いていない。食べない方が良かったか?
そんなことを考えていると喫茶店の扉が開く音がした。そちらを振り向いてみると…あぁ、彼女だ電車の中で見せたあのキョロキョロを扉前でしていた。あ、目があった。やめてくれ、そんなに大きく手を振らないでくれ、恥ずかしい。
「すみません、待ちましたか?」
「いや、今来たとこですよ。」
「それは良かったです。では今回呼ばせていただいた事について説明させてもらいます。」
やっとだ、彼女の勢いに負けて流されてきてしまったが、普通この説明をしてから会うべきだろ…
「天野さん、超能力って信じますか?」
おっと、それは説明に関係あるのか?
「いえ、そんなもの存在しないと思っています。」
これが天野の答えだ。そんなもの存在したら持っているものとそうで無いものとでパワーバランスが生じてしまう。いくらなんでもそれは理不尽だ。
「そうですか。」
そう言うと真木は二マリと笑った。
おい、なんでそんなに楽しそうなんだ。そんなに俺の答えが面白かったか。
「では、天野さん、昨日貴方はデジャブを見たと言いました、それは本当にデジャブでしたか?何かおかしな点はありませんでしたか?」
「え?あぁ、そういえば、デジャブの方では貴女は電車に乗り遅れていましたね。僕もそこには引っかかったんですけどデジャブ以外に考えれないじゃ無いですか。」
「いえ、もう一つ可能性があるんですよ。」
デジャブ以外の可能性?なるほど彼女は俺が狂ってると言いたいわけか?
「なんです?その可能性って。」
「ズバリ、時間の巻き戻しです!」
………………はぁ
時間を無駄にしたようだ。きっと彼女はオカルト集団の何かなのだろう。ここは何か理由を作って帰宅するべきだ。
「すみません、父が危篤状態らしいので失礼します。」
「スマホも何も見ていないのになんで分かるんですか」
しまった、あまりに関わりたく無いがために少し冷静さを失っていたようだ。
「すみません、何か変な勘違いされてませんか?」
「いえ、別に貴女がオカルト集団の一員だなんてこれっぽっちも…」
「違いますよ? 私オカルトでもなんでも無いですからね?」
「ならなんだって言うんですか? ただのおバカさんですか?」
「なんだか貴方のことだんだんわかってきた気がします…、とにかく席に座ってください、ちゃんと説明するので。」
ここまできたらどうやって誤魔化すのか気になり、天野は取り敢えず話を聞いてみる事にした。
「昨日貴方が見たデジャブと言っているものの正体は私が時間を巻き戻す前の景色なんです。普通巻き戻した事には私以外誰も気づかないはずなんですが、どうゆう訳か貴方は気づいた。私はその理由が知りたく貴方とコンタクトを取ったと言う訳です。」
なるほど、そうきたか。さてどうやって逃げたものか…
「はぁ、まだ信じてませんね?」
「そりゃ、こんなこと言われて信じるバカはいないでしょ。」
「それもそうですね…、では、これでどうです?」
そう言うと彼女は先程まで飲んでいたコーヒーを自分の服にぶちまけた。
「お、おい!」
天野は慌ててフキンを渡そうとする。すると
「意外と熱かった… では天野さん、瞬き厳禁ですよ?」
彼女はそう言い目を閉じ、黙り始めた。なんだ、まさか洗脳の儀式でも始めるのか?いや、そんなことよりもまず服だろ。天野は急いでフキンを当てようとする。するとそこにはさっきまであったはずのコーヒーのこぼした跡が無くなっていたのだ。そんなバカな……
「そんなバカな、って思ったでしょ。」
正解だ。
「そりゃ思うでしょ、どうやって跡を消したんですか?」
「時間を少し戻して、ですよ。」
そう言うと彼女は先ほど溢したはずのカップを少し傾けてこちらに見せた。
「嘘だろ。」
そこには溢れたはずのコーヒが満たされているのだった。
彼女の顔を見てみる。実に誇らしげでむかつく顔だ。しかし今はそんなことを気にしている余裕はない、天野は必死で先ほどのマジックのタネを考える、実は溢したように見せただけで溢していなかった?いや、さっきのは明らかに溢していたし、跡もできていた。本当に超能力だとでも言うのだろうか。
「タネを考えても答えは出ませんよ。これは本当の『タネも仕掛けもございません』なんですから。」
そう言うと彼女はこぼしたはずのコーヒーを飲み始めた。
「その力が本物だって言うんだったらなんで俺しか昨日気づかなかったんです?」
「信じてくれたんですか⁉︎」
目を輝かせながら彼女は聞いてきた。
「いや、もしもの話ですよ。で、何故なんです?」
「その質問に答えるには一つ天野さんに聞かなければならないことがあります。」
おいおい、オカルト集団に入会しろだなんて言いはじめないだろうな。
「ズバリ、昨日、午後九時ごろにも天野さんはデジャブのようなものを感じましたか?」
午後九時ごろといえば佐々木と居酒屋で飲んでいた時間だ。その時は飲んでいたというのもあるかもしれないが特に違和感は感じなかった。
「いえ、特には…」
「そうですか、では先ほどの質問に答えます。何故天野さんだけが巻き戻しに気づいたかというと……」
「いうと?」
「天野さんも超能力を持っているからだと思います。」
「いや、僕は一般的な社会人ですよ、超能力なんて持ってません。」
「そうですね、確かに貴方の力は目立つようなものではありません、ただ、時間の巻き戻しの影響を受けないってだけです、しかも一定の範囲内で使われた場合のみ。」
え、いらないな。そんなの別にすごくもなんともないじゃないか…
「何故そんなことがわかったんです?」
「さっきの質問ですよ、実は私、午後九時ごろに巻き戻して見たんです。天野さんが忘れてた場合、デジャブを体験して思い出してくれるんじゃないかと思って。連絡は来ませんでしたけどね。」
それに関しては俺が悪かった。
「なるほど、貴女が本当に超能力を持っているとしたらそうなるんでしょう。」
「えぇー、まだ信じてくれないんですか!」
「だって、いきなりそんなこと言われても現実味が無いじゃないですか。」
「ならどうしたら信じてくれるんです?」
「そうですね、もし今日の朝まで戻せるなら流石に信じるんじゃないですか?」
そんなことを冗談混じりに言ってみると彼女は「分かりました。」とだけ言い、目を閉じた。
え、まさかまじで戻すつもり?
止めようかと迷ったが本当に戻せるのなら興味がある。天野はコーヒーを飲みながら待つことにした。
そうコーヒを飲みながら待とうとしたのだ。しかし机の上にはコーヒーはなく、代わりにあったのはよく焼けた食パンだけだった。
「まじか…」
周りを見るとそこには見慣れた光景が広がっていた、家なのだから当たり前だ。天野は慌てて時計を見てみる、八時ちょうど、本当に戻っているらしい。
そんな風に天野が現状を確認していると電話の着信音が鳴り始めた、登録していない番号だが天野はこの番号を知っていた。真木のものだ。あの一瞬で番号を覚えたのだろう。普通にすごい。
「もしもし?」
「あ、天野さん!どうですか?ちゃんと戻しましたよ、これで信じてくれましたよね!」
どうやら真木は少し天然らしい。
流石にここまでくると信じるしかない。しかしするとまた違う疑問が生まれてきた。別に俺にこれを話す必要は無かったんじゃないか、というものだ。超能力のことを話すためとは言っていたが、わざわざ全く知らない人にそんなことを言うメリットは天野には感じられなかったのだ。
では何故、彼女はわざわざ天野にコンタクトを取ったのか…
「ねぇ〜、天野さん?聴いてます?」
「あ、はい。聞こえてますよ。」
「で、どうなんです?信じてくれましたか?」
電話越しでもニヤニヤしているのが伝わってくる。なんか認めたくないなぁ。
「まぁ、ここまでされると流石にね。」
「やったぁ‼︎これでやっと次に進める。」
ん?今次って言ったか?
「えーっと、次っていうのは一体——」
「では天野さん、先ほどお会いした喫茶店に先ほどと同じ時間にお願いします!」
プーー、プーー
なんてやつだ、自分の言いたいことだけ言って電話を切りやがった。
スマホを置き、机の上のパンに向き合ってみる。パンケーキを食べたいしパンはやめとくか。
天野はパンケーキを食べる時間を作るため、先ほどよりも随分早く家を出ることにした。
天野が喫茶店に着いたのは九時五十分、よし、今から頼んだらちょうどいいぐらいだな。そう思いながらウェイターに注文をする。内容はコーヒーと例のパンケーキだ。
しばらくすると、当たり前だがコーヒーだけが先に来た。まぁいい、まだ十時ちょうどだ、彼女がくるのはまだまだ先だろう。そんなことを考えていると扉の開く音がする。何故かその瞬間、天野はとてつもなく嫌な予感がした。恐る恐るそちらを見てみる。そこには前回と全く同じポーズで店内を見渡している彼女がいた。
いや、だからやめろって。恥ずかしいから。
「あれ、天野さん今回は随分早いですね、どうしたんです?」
「いや、パンケーキを食べたくて。」
「あー、ここのパンケーキ美味しいですもんね、私も頼もうかな。」
そういうと彼女は財布の中を覗き込んだ。顔が少し青ざめたのは見なかったことにしておく。
「あんまりお腹が空いてないのでやめときます。」
彼女は笑いながらそう言った。ちなみに目は全く笑っていない。
そんなことを話していると「お待たせしました。」とパンケーキをウェイターか運んできた。ようやくだ、ようやくこのパンケーキを食べれる。
天野はフォークとナイフを持ち、入刀しようと——
——グルルルー————
ん?犬?
音がした方を見てみると彼女は顔を赤くしながら下を向いていた。
「はぁ〜、半分食べます?」
「えぇ‼︎いいんですか⁉︎」
そんな顔されたらあげるしかないだろう。せっかくのパンケーキが…
かくして二人の話は、パンケーキを食べながらのものとなった。
「天野さん。人助け、したくないですか?」
「ゔぇづに《べ つ に 》?」
「この薄情者!」
人助けというものはしたいからするものではなく、助けを求められるからするものだろう。それを薄情者だなんて、酷い話だ。
「なんでそんなこと聞くんです?」
「よくぞ聞いてくれました! 実は私、ずっと悩んでたことがあるんです。」
「へぇ〜」
「なんか天野さん、雑になって来ましたね…」
「いや、そんなことないですよ、で?その悩みって?」
実はパンケーキに夢中でそれどころではないのだが、一応聞いておく。にしてもこのパンケーキ、とてつもなく美味しい。テレビで取り上げられるだけはある。
「私の能力ってなかなか便利じゃないですか、そんな力を私だけ使ってて良いのかなって。時々思うんです。そんな時天野さんが現れてくれました。これはもう神様が私に言ってるんじゃないでしょうか、『二人で困っている人たちの力になれ。』と。」
「そうかもね。」
「天野さん⁉︎酷くないですか?私結構いいこと言ったつもりでしたよ?」
「いや、でも力になるって具体的にどうやって?」
「そう!そこなんですよ、私はずっとそれを悩んでいたんです。ですが天野さん、貴方が来てくれたおかげでそれは解決しました。」
「まさか、人手が足りなかったとか言い出しませんよね?」
「それもあるんですけどね。また別にあるんです。天野さん、私たちが持っている超能力は一般的に自分以外の人にも行使することが出来るんです、私の場合は、ちょっと例外なんですけど…。知り合いは実際にそうです。」
「え、他にもいるんですか?」
「えぇ、多いわけではありませんが数人知っています。いつか紹介するかもしれません。」
それは初耳だ。どうやって知り合ったのだろうか、素直に気になる。
「で! それを天野さんに当てはめると、『自分以外の人も時間が巻き戻されたことを認知できる』っという能力になると思います。つまり、そういうことです。」
「なるほど、で?」
「何がなるほど、ですか! 全然わかってないじゃないですか…」
しかし先ほどの説明では理解できないのは普通ではないだろうか。
「つまり、何か失敗をして困っている人を少し時間を戻してあげて助けてあげるんです。私と天野さんの能力で。」
「なるほど、……え?」
なるほど、これはとてつもなく面倒なことに巻き込まれてしまったのかもしれない。
彼女が言っているのはつまりこういうことか?「私、人助けしたいので貴方も手伝ってください。」
こりゃまた随分自分勝手な…
「真木さん、それは僕にとってメリットがないと思うんですが。」
「ありますよ、人助けと言いましたが、形はお店、ちゃんとお金も頂こうと思っています。時間を売るお店ってなんだかオシャレですね!そうだ!『何でも屋』ってどうです?」
そんなことを彼女は言う。しかし天野は安定した給料が既にある。やはりこの話にメリットはないと思う。
キッパリ断ろう。そう思い口を開こうとすると。
「そうだ、最大のメリットといえば、天野さんは無料で時間旅行が出来るんですよ?そんな経験普通出来ません。ここでそのチャンスを逃していいんですか?」
たしかに時間旅行に興味はある。実際天野は平凡な毎日に飽きていた。そんな日常に時間旅行という特異な出来事が加わることによってどんな変化を遂げるのか、知ってみたい。
「うん、良いですよね、人助け。ぜひ手伝わせてください。」
「うっわぁ〜、さっきまでメリットがどうだとか言ってたくせに、随分な手のひら返しですね?」
「別に良いじゃないですか、やる気になったんですから。」
「それもそうですね、じゃあ、天野さん、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ。」
こうして真木と天野による『何でも屋』がスタートしたのであった。
そう、スタートはしたのだ。
一週間後、真木と天野はまたしても例の喫茶店に来ていた。二人は同い年ということもあり、この一週間で敬語で話さないぐらいの仲にはなったのだが、そんなことをどうでも良くなるぐらい深刻な悩みを抱えていた。そう、とても深刻な。
「天野くん。」
「何?」
「依頼、来ないね。」
「そりゃ、時間の巻き戻しってもろに書いてるからね。まず誰も信じやしないよ。」
天野と真木のは、一週間前のあの日に『何でも屋』として機能するための最低限のことをしておいた。
一つ目に活動の日程。これに関しては二人とも休みの日が土日しかないため毎週土日に喫茶店に集まることにした。
そして二つ目、金額の話だが、最初から金額を提示していたら来る客も来なくなるんじゃないかという懸念から最初の五人は無料で行うことにした。一般料金は一万円。少し高いかとも思ったが何せ時間旅行だ。少しぐらい高くても魅力がある。
そして三つ目、これが今悩んでいる種なのだが、ホームページを作ってみたのだ。書き出しはこう。
『後悔している失敗はありませんか?私たち何でも屋は時間の巻き戻しで貴方の失敗をやり直す手伝いをすることができます。』
明らかに怪しい。これでは人は来るはずもない。しかし時間の巻き戻しのことを書かないわけにもいかず二人は今絶賛悩み中なのだ。
「いっそ解決する方法を書かないってのはどうだろ…カウンセリング的な感じで話聞きますよ〜って。」
「人は来るようになるだろうけど、本当のこと話した瞬間、顔色変えて帰るだろうね。」
「やっぱり? んー、難しいなぁ。あ、そうだ、天野くんの時みたいに目の前でやってみせるのはどーだろ?」
「それでも良いけど、まずは連絡が来ないとね…」
ホームページには依頼用に電話番号を書いておいてある。真木の電話番号なのだが、一週間真木に知らない電話番号の電話は来ていないらしい。さて、どうしたものか…
そんな風に二人で頭を抱えて悩んでいると真木のスマホから着信音が流れ始めた。
「もしかして!」
真木は慌ててスマホを取り出す。しかし画面を見た顔を見ただけでわかる、絶対に依頼の電話ではない。何せものすごく嫌な顔をしているのだ。
「誰から?」
「父親から、どうせ顔だけでも見せろとか言うんだよ。」
そう言って彼女はスマホをテーブルに置いた。
「良いのかよ、出なくて。」
「最近はいつも出てないの。だって面倒でしょ?」
娘にとって父親とはそう言うものだろうか。怖いものだ。
「で、どうする?書き出し変えてみる?」
「取り敢えず変えてみるか。」
そう言って天野はスマホを取り出した。その時…
「また着信音、しつこいなあのおっさん。」
いくらなんでもおっさんは可哀想だろ…
「え、天野くん!非通知だよ、非通知‼︎」
「マジで⁉︎ 取り敢えず出てみて!」
「うん。」
真木は電話の相手と話し始めた。顔色を伺う限り今回は依頼の電話らしい。つまり初めての依頼主ということだ。それにしてもどんな以来なのだろう。ドラマみたいに死んだ恋人を救いたい!とかあるのだろうか。
そんなよく分からない想像を膨らませているうちに電話は終わっていた。
しかし、なぜか真木は何とも言えない顔をしている。
「どうだった?」
「依頼の話だったよ。でもね、ちょっと依頼がねぇ。」
「依頼がなに?死んだ恋人を救いたいとか?」
「なにそのドラマみたいなの。」
彼女は笑いながらそう言った。この反応を見る限り、そんな依頼もまんざらでは無いらしい。
「そうじゃなくてね、迷子になった猫を探して欲しいんだって。」
「え?」
「だから、猫探しだよ、猫探し。」
何でも屋とは書いているけどまさか本当にこんな仕事が来るとは…
猫探しといえば探偵を始めたばかりの人が、よくおばあちゃんに依頼されるものだ。まあドラマのイメージだけれど。それを時間を戻すことの出来る何でも屋に頼む。なるほど、依頼主は何でも屋っという文字だけをみて依頼したのだろう。でなければこんな頭のおかしい連中に大切な猫を探して欲しいだなんて言うはずがない。そんな天野の推測は次の日、依頼主の家に伺い、話を聞いた時に打ち砕かれた。
「時間を戻せるんでしょ?ちゃんと読んだわよ、あんなデカデカと意味のわからないこと書いて、でもね、そんなことどうでも良いの、私はただ、ベルちゃんが戻ってきてくれたらそれだけでいい。」
なるほど読んだは読んだのだが、そのことを信じなかったのか。まぁそれが普通の反応だろう。
「では、いつ頃ベルちゃんが消えたのか説明していただいてもよろしいですか?」
おぉ、流石暇な時は刑事ドラマばかり見ているという真木、スラスラとそれっぽい言葉が出てくる。
「確か最後にベルちゃんを見たのは三日前だったわ。八時前ぐらい。仕事に行く時にご飯を用意してたら戯れてきてくれたの。で、仕事から帰ってきたらどこにもいなかった。いつもは帰ってくる時にはお出迎えしてくれるの。でもいなかった。」
「居そうな場所に心当たりは?」
「そんなの全部探したわよ。」
「そうですか、ですが一応教えてもらっても良いですか?必要な事なので。」
「意味ないと思うわよ。思い当たるのは、すぐそこの公園、隣のおばあちゃんの家、家の床下と屋根裏、そのぐらいしか思い浮かばないわ。」
「十分です、ありがとうございます。では今日はこれで失礼しますが、もし何かありましたら、電話をよろしくお願いします。」
「分かったわ、ベルちゃんのことよろしくね。」
しかし、どうやって探したものか、さっきの話じゃ思い当たるところを探したものの見つからなかったらしいじゃないか。それなのに真木は自信に満ちた顔で隣を歩いている。まさか聞き込み調査でもして回るのか?
「なあ、今からどうするんだよ。なんか方法でも思いついたのか?」
「さっき言われた公園に行ってみようと思うの。」
「でもさっき居なかったって。」
「あ、そうか、天野君はこの使い方知らないのか。なら取り敢えず付いて来て。」
なんだ、なんの使い方だ。というかずいぶん楽しそうだな、そんなにこの探偵ごっこが楽しいか。
着いた公園は特に説明することもない、どこにでもあるようなものだった。そんな中、真木は入り口に立つと目を閉じた。まさか今から巻き戻すのか?それは面倒だろ…
しかし時間が戻ることはなく、しばらくして真木は目を開けた。
「ここには来てないみたい。」
「何が?」
「ベルちゃんだよ、他に何があるの?」
いやいやいや、なんでそうなる?
「今何してたんだよ。時間は戻らなかったけど能力使ってたんだろ?」
「あっ、説明するの忘れてた。私の超能力って時間を巻き戻すだけの能力じゃないんだよ。」
おっと、それは初耳だ。できれば初めに説明して欲しかった。
「じゃあ今のは何?」
「今のはねぇ、私が見ている視界の時間を巻き戻して見ていたの。ベルちゃんは、居なくなった日まで巻き戻しても映らなかったからここには来てないってこと。」
いや、お前の能力便利すぎだろ。
それに比べて俺は時間の巻き戻しに影響されない能力。随分としょぼいものだ。持ち主に似たのだろうか。
そんなことを考えながら天野は自分で傷ついていた。
「さっき家は事前に見ておいたので、残ってるのはおばあちゃんの家ですね。」
仕事が早いな、いつもそれぐらい頭が切れてくれればいいのだが、この状態は探偵気分になっている今だけなのだろう。
しかし、公園よりも先に隣のおばあちゃんの家を見ればよかったのではないか?そんなことを真木に聞いてみると「べ、別にそっちの方が早いって分からなかったわけじゃないんだよ?」
などと言う、探偵モードも万能ではないようだ。
おばあちゃんの家は想像の二倍大きかった。一人暮らしと聞いていたので流石に天野は驚いた。
何せ国民的アニメのサ◯エさんの磯◯家ぐらいあるのだ。掃除は行き届いているのだろうか?
真木は門扉の前に立つとまた目を閉じた。さて、ここで無いなら今から地道な聞き込みが始まるのだろう。
それだけは勘弁してほしい。
幸い、真木が目を開けた時の顔でここが怪しいと言うことはわかった。
彼女の表情は分かり易すぎる。
「天野君!ここが怪しいよ、ベルちゃんが入っていったんだけど出てこないの。もちろん他のところからもね。」
やっぱり、ちょっと分かりやすくて心配になってくる、今度注意しておこう。
真木がインターホンを押すと女性が返事をしてきた。声を聞くに六十歳くらいだろうか。しっかりとした声だ。
「すみません、隣の家で飼っているベルちゃんと言う猫を探しているのですが少しお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「あー、ベルちゃんね、いいですよ、どうぞ入ってください。」
そう言うと門から鍵が開く音がした。どうやらオートロック式らしい。
おばあちゃんの名前は山田幸子さん、今年で歳は六十七らしい。ベルちゃんのことを聞いてみると時々囲いを超えてはこの家に来ていたらしい。しかしいつもこの家のどこに向かっているのかは知らないらしく、今ここにいる可能性もないとは言えないらしい。ここまで広い家に一人で住んでいたら確かに分からないものなのかもしれない。
真木はそう聞いた後「少し探してもいいですか?」と聞き、何処かへ行ってしまった。きっと今からあのチートじみた能力を使って探すのだろう。
天野は付いて行っても何もできないと瞬時に判断し、人生の先輩から話を伺うことにした。
「幸子さんはなぜこんな大きな家にお一人で?」
真っ先に思い浮かんだのはこのことだった。いくらなんでも一人のおばあちゃんにこの家はデカ過ぎる。
「昔は旦那と子供六人で住んでたんだけどね。子供は大きくなったら出て行ってしまったし、旦那も一昨年死んじゃって。」
「そうなんですか、ですがここまで広い家だと一人では大変でしょう?引越しとかは考えないんですか?」
「何度か考えたんだけどね、やっぱり思い出が詰まってるから。」
そう言うと幸子さんは居間にある太い柱に目を向けた。そこにあったのは沢山の線と数字。きっと子供たちの身長を記したものなのだろう。
「確かに、ここには素敵な思い出が沢山あるみたいですね。」
「あら、分かってくれるの?」
そう言うと幸子さんは微笑んだ。
しばらくすると真木が猫を抱き抱えて戻ってきた。どうやら屋根裏で寝てたらしい。全く、人騒がせな猫だ…
「いろいろとご迷惑おかけしました。」
「良いのよ、私も若い子と話せて楽しかった。」
「僕もお話できて楽しかったです。」
「あらそう?あんな話で良いならいつでも話してあげるわよ。いつでもいらっしゃいね。」
「是非そうさせてもらいます。」
ベルちゃんを依頼主に届け、駅に向かう途中、真木はどんな話をしたのかと天野に聞いてきた。
「人生の先輩からの思い出話だよ、とっても素敵なね。」
真木は「教えろ、教えろ。」とうるさいが、この話はなんとなく二人だけの話にしておきたかった。
俺と幸子さんだけの思い出として……
最初のコメントを投稿しよう!