欠けて満ちていく

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 突然同じ方向に頭を下げた二人を見て、セザンヌは慌てて二人が見ていた方向に視線を泳がせた。ロココ調のバルコニーからこちらを見下ろす人物の姿を見て、無意識に息を飲む。歪みのないまっすぐな髪に、綺麗なドレープを描くワンピース。それに、純真無垢なまっすぐな瞳。そこには、ナナがいた。  ナナはセザンヌを視界に捉えると、大きな目をゆっくりと見開いた。そしてセザンヌの名前を呼ぼうとした口元を咄嗟に押さえ、もう片手をバルコニーの手すりに乗せる。アトリが小声で「お前も」と囁き視線を投げかけると、セザンヌはようやくアトリと同じように頭を下げた。 「……みなさん、顔をあげてください」  頭上からナナの凛とした声が降り注ぐ。その声につられるようにセザンヌたちが顔を上げると、ナナはバルコニーの柵をひらりと飛び越え、花びらが落ちるような軽やかさで着地した。その光景を前に、アトリとメイドの纏う空気に緊張が走る。側に控えるセザンヌも、ナナの突然の行動に驚いていた。  記憶に残っているナナは、もっと控えめでお淑やかだった。以前のナナならば、「お待ちください」と一言告げて急ぎ足で階段を駆け下りてくるだろう。  しかし今目の前にいるナナは、使用人の前で大胆にもバルコニーから飛び降りた。もちろん所作は相変わらず優雅だったけれど、それでも以前の記憶の姿とは結びつかない行動だった。  するとナナは、ヒールの音を響かせながらセザンヌの前へと歩み寄った。そして胸に手を当て、そっと微笑む。 「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 「……え?」  ナナから突然告げられた言葉に、思わず返事をする声が上ずってしまう。咄嗟にアトリに視線を投げかけて助けを求めると、ナナはアトリに近づいて同じように微笑んだ。 「あなたも来てください」  ナナの言葉にアトリが目を丸くしていると、ナナは背を向けて屋敷の方へと歩き始めた。セザンヌとアトリが急いでその後を追いかける最中、残されたメイドは未だどこか呆然とした表情でアトリたちの行く末を眺めていた。
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