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「いつ私が君に求婚した!? それに君は、今までに何度も名前を変えてきたじゃないか! 取り憑く花の種類が変わるとその度に……」
「何十年前の話をしてるのよ! ここ最近はずーっと同じ名前にしてたわ!」
二人の口論はあれよあれよと言う間に口を挟む隙がないほどにヒートアップした。急に蚊帳の外に放り出された沙良は手持ち無沙汰を感じつつ手元の紙袋を抱えなおした。
夜風に吹かれてリースの葉が揺れる。その瞬間、またふわりと爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。沙良はリボンを撫でながら、自然と浮かんだ言葉を口に出した。
「ローズマリー……」
その瞬間、少女の動きがぴたりと止まった。驚きに目を丸くして沙良を見つめ、「今、なんて言ったの?」と問いかけた。その様子に気圧されながら沙良が再び口にすると、少女は大きな目をさらに見開いて宝石のように輝かせた。
「そうよ、それがアタシの名前! どうしてわかったの!?」
「えっ?」
先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら、突然沙良に対し距離を詰めたローズマリーに、カベルネは口論のために開いた口を静かに閉じた。
ローズマリーは沙良の手を握り、顔を覗き込んで楽しげに問いかけた。
「あなたのお名前は、沙良……よね? ねえ、良かったらお友達になりましょうよ! そうだ、私もしばらくこっちの世界に居ようかしら!」
ぱあっと花を咲が咲いたようにニコニコと構想を広げるローズマリーに沙良が目をしろくろされていると、焦った様子のカベルネが二人の間に割って入った。
「何を言い出すんだ、ダメに決まっているだろう! そもそも彼女は私と既に契約しているんだ! 彼女の血は質が低すぎる、だから私が健康管理して最低ラインに引き上げねば私が餓死してしまう! 分かったらこれ以上ストレスを与えないでくれ!」
そう言い切ってから、カベルネはハッと口元を押さえてローズマリーを見た。はっきりと拒絶され、あまつさえ自分の存在が「ストレスになる」とまで言い渡された彼女は再び目に涙をいっぱい溜めて、怒りに唇を歪ませていた。
「……もう知らない!カベルネの馬鹿!!」
ローズマリーは叫ぶようにそう告げると、カベルネの脛を渾身の力を込めて蹴った。
あまりの衝撃によろけたカベルネの姿を一瞥し、足早に走り去る。
高いヒールが地面にぶつかる音が遠ざかる。沙良が追いかけようと一歩踏み出すと、カベルネがコートの裾を引っ張って制止した。
「でも、こんな暗いのに1人なんて……」
「私たちの姿は、吸血鬼と契約を結んでいる人間以外には見えない。それに彼女は私よりずっと魔力がある、魔界にもひとっ飛びで帰れるだろう」
淡々と告げられた言葉に沙良の目が大きく見開かれる。「吸血鬼と契約している人間以外からは見えない」、その言葉を反芻し今までの自身の行動を振り返ると、思わず冷や汗が背中を伝った。
「え、じゃあ私今までずっと1人で喋ってるように見えてたってこと!?」
「……君、いままでよくその鈍感さで生きてこれたな」
北風が二人の間を通り抜ける。沙良が身震いををすると、カベルネは大きなため息を吐いて「帰ろう」と告げた。
吐く息が白く染まって夜に溶ける。二人分の足音が静かにアスファルトを揺らし、先ほどのヒールの足音が心に引っかかった。
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