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「……まずい」
「は?」
「どういう健康状態なんだ!? 久方ぶりの食事だというのに……どうしてくれるんだ! 人間!!」
呆然と手首を抑える沙良をものともせず怒り狂う男。そのまま男はあろうことか勝手に部屋を物色し、苛立ちを隠そうともせずにズカズカと沙良に近づき、顔をまじまじと覗き込んだ。
「なんて生気の無い顔だ……それにこの部屋はなんだ? 物置か? しかしキッチンもある物置とは……罪人に用意された部屋なのか?」
男はブツブツと持論を展開しながら勝手にベッドに座り込む。危険を感じた沙良が逃げようと立ち上がったその瞬間、男が「動くな」と告げ沙良の影を踏みつけた。その直後、まるで床に縫い付けられたように足が床から離せなくなってしまう。
沙良の指先が震えている様を見て、男は状況の説明をするように命じた。混乱が収まらない中、沙良はできるだけ相手を刺激しないよう注意して口を開いた。
「わ、私はここの部屋の所有者……です。ワインの栓をあけたら、急に眠気が襲ってきて……で、気がついたらあなたが目の前に」
「……何?対象はどこにある。ワインボトルを見せてみろ」
「あの、そこのテーブルの上にあるもの、なんですけど……」
おどおどと告げる沙良を一瞥したあと、男はテーブルまで歩みを進めた。その拍子に自分の影を踏みつけていた足が離れ、沙良は自由になった足を懸命に動かしてテーブル脇に落ちていたスマホを掴んで玄関まで走って距離をとった。
「う、動かないで……ください!けけ、警察呼びますから!!」
スマホを前に突き出し、男を見据える。心音が体全体を揺らすように伝わり、膝や指先が容赦なく震えた。空いた手を後ろに回して鍵の場所を確かめる。相手と交渉する余裕がないと判断した場合は最悪この部屋から飛び出して助けを求めるしかないと考え、緊張から汗が背筋を伝った。
しかし男はワインボトルを持ち上げたまま目を見開き、呆然と立ち尽くしている。沙良が訝しげにその様子を見ていると、やがて男はその場にしゃがみ込んだ。
「何故だ!?私が最初に取り憑いていたものはもっと−−……」
そして、はっとした表情で口元を抑える。古い記憶を手繰り寄せて見えた答えに、段々と顔を青ざめさせていった。
「まさかあの時…間違えてしまったのか?」
愕然としたその様子に、沙良の警戒心が少しだけ緩む。座り込んだまま動く気配がない男を遠巻きに観察した後、スマホを固く握りしめて距離を詰めないまま事情を話すように促した。
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