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住めば都と言いますし
カベルネと共に暮らし始めてから、明らかに生活の質が変わった。学生時代ぶりに毎日バランスのとれた手料理を食べるようになり、肌荒れで悩むことが少なくなった。そしてなにより、毎晩献立に悩みながら帰路に着かずに済むようになった。
食事自体は好きな方だが、いつからか空腹を感じつつも「食べたいもの」がなかなか浮かばず、スーパーやコンビニの棚の前であれこれ思案しては無為に時間を過ごしてしまうことが多くなった。そういえば前にネットで「食べたいものが見つからない時はストレス値が高まっているサイン」という記事を見た気がする。
けれど、カベルネの作る料理は不思議とどれも自分の好みだった。だから今の家に帰ることが楽しみという感覚は、正直悪くないとも思っている。
使用する材料はカベルネの希望を聞いて仕事終わりにスーパーによるか、忙しい時はネットスーパーで注文している。吸血鬼と同棲しているなんてとても他人には言えないが、正直以前よりも人間らしい生活を取り戻せているような気がした。
しかし、血を与える行為だけはまだ慣れない。なにより、血を味わった瞬間にカベルネが「この私が栄養管理しているというのに…おかしい」と怪訝そうな顔をすることがいたたまれないのだ。
今日も変わらず重苦しい仕事をこなし、ようやく迎えた昼休み。デスクの下を覗いたところで、お弁当を家に忘れてしまったことに気がついた。
「(やってしまった……これは後で怒られるやつだ……)」
体調管理という大義名分のもと、カベルネは苦手だと伝えている野菜だろうが巧みに混ぜて出してくる。最初はその行いが腹立たしかったが、正直どれを食べても美味しく思えてしまう。一週間も経てば、むしろ好き嫌いが減ったことに感謝したくなるくらいだった。(調子にのるから絶対言わないけど。)
そんなこだわり抜かれたお弁当を忘れてしまったとなると、帰宅した後の反応が非常に怖い。沙良が憂鬱な気持ちを抱えて仕方なくコンビニで済まそうと席を立った瞬間、後ろの席の男が声をかけた。
「笹田さん、ちょっといいすか」
「橘くん。どうしたの?」
沙良の後輩である橘ハルは寡黙な青年で、業務時間外に彼から話を振ることは基本的に無い。そんな彼がわざわざ昼休みに話しかけるということはよっぽど火急なのだろうと沙良は判断した。拾い上げたカバンをデスクの上に置き、ハルに向き直る。
するとハルは言葉を選んでいるのか少し目を伏せてから、遠慮がちに問いかけた。
「さっき外でたら『沙良はいないか』って背の高い男性に呼び止められたんスけど、笹田さん知り合いですか?」
「……え?」
沙良が急いで外へ飛び出すと、そこには忘れられたお弁当を手に腕組みをして壁にもたれかかるカベルネの姿があった。周囲から明らかに浮いているその出で立ちに沙良は一度視線を外し、「夢であれ」と願いながらもう一度前を見るも、やはり変わらず景色の中に彼は居た。
「(ななななんでここに……!)」
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