放課後の図書室

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 なぜか今、彼女が僕にしてきた最初の質問がふと頭をよぎった。野中君の頭の中にも居るのだろうか、と気になって聞いてみた。 「野中君は脳内にもう1人の自分って居る?」 「もう1人の自分?」 「うん、その子が言ってたんだ。頭の中にもう1人の自分を作って名前まで付けてるんだって。そのもう1人の自分は自分のことを絶対否定しないし、誰の悪口も言わないし、自分が怠けたら叱ってくれるし、理想の人物らしいんだけど……」  言いながら野中君の顔色を窺う。首を傾げるかと思っていたが、彼は玉子サンドを咀嚼しながら頷いた。 「あぁ、それなら俺にも居るよ。名前までは付けてないし、理想の人物って訳じゃないけど、確かにここに居る」  野中君は自分の頭を指差した。その人差し指の爪は、先がガタガタだ。  僕は驚いた。絶対「そんなん居るわけないだろ」と馬鹿にすると思っていたので、居ない僕の方がおかしいのかな、と少し焦る。  しかしそんな僕を見透かしたのか、野中君は苦笑した。 「たっちゃんにも居るだろ、天使と悪魔。それの天使のことじゃねぇの?」 「え、天使?」 「そう。財布を拾ったら『交番に届けよう』と言う天使、『盗んじまえよ』と囁く悪魔。の、天使だろ?」 「あー……」  確かにそれなら僕にも居なくはない。確かに天使なら自分のことを絶対否定しないし、誰の悪口も言わないし、自分が怠けたら叱ってくれるし、理想の人物ではある。でも彼女は『脳内で作っている』と言っていた。天使と悪魔は作り上げるものではない気がする。 「そうじゃなくて、自発的に作ってるみたいなんだ。勅使河原いろはって名前まで付けてるらしい」  すると野中君は思いっきり顔をしかめた。 「そいつ、ヤベェんじゃねぇの? 関わるとロクなことにならねぇと思うよ」  早く排除した方がいいんじゃね?  野中君はそう言って缶コーヒーを飲み干した。
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