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「……1回だけでしょう? 謝ってくれれば別に離婚までしなくても……」
正直に話した父を許そうとしたらしい母だったが、父は絞り出すように言った。
「……してしまったんだ」
「え?」
「妊娠、させてしまったんだ」
「…………」
今度こそ母は絶句したらしい。しばらく沈黙が続いた。
妊娠・出産に関しては保健体育の授業で習ったばかりだった。妊娠の過程については詳しく習わなかったが、小学校高学年の時にやたら性に詳しい子が性交についての知識をひけらかしていたし、両親がそういう事をしている場面を見たことがあった。だから、どうしたら母のお腹に子どもが宿るかなんて質問をするほど、僕はもう子どもではなかった。
相手の女性を妊娠させてしまった──
ここで初めて父を気持ち悪いと思った。母という妻が居て、僕という息子が居るのに、違う所で別の女の人を妊娠させてしまったなんて、意味が分からない。
今になって思えば、それより以前から父はその女の人と関係を持っていたのだろう。一夜の過ちであるならば、離婚なんてしなかったはずだ。
父に騙されていた──そう気が付くと、僕はすごく悲しくなった。
「……その人のところに、行くってこと?」
静まり返った家に、蚊の鳴くような小さな母の声が響いた。あまり時間を置かずに父が「うん」と肯定する。
「本当にごめん。謝って許されるなんて思ってないし、弁護士も介入してもらって諸々の手続きをしてもらうよう手配するから」
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