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 すぐに祖父母に連絡して病院に連れて行った。近くの内科クリニックへ行ったのだが、どうも専門が違ったらしく大きい病院の精神科を紹介された。  母はうつ病だった。 「頑張りすぎてこころの病気になってしまったので、『頑張れ』などと言って励まさないようにしてください。治療にはご家族の協力が必要です。だからといって力を入れて特別なことをする必要はありません。力を抜いて病気の理解からはじめてみましょう」  医師の説明を聞いて、分かったつもりだった。母には僕しかいないし、僕にも母しかいない。母を支えたらすぐに元通りになってくれる。僕はそう信じて一緒に生きようとした。  祖母も来ていた回数を増やしてくれて、毎日来てくれるようになった。ただ、自分の娘がまさか精神の病にかかるなんて思ってもみなかったのか、「しゃんとしなさい」とか「そんな弱くてどうすんの」とか、とにかく医者から禁止されている言葉を容赦なく母に言っていた。  母は調子のいい時と悪い時の差が激しく、夜になると騒ぐようになった。急に「うわぁぁぁあああああ」と唸り始めたかと思ったら、「ひろ君ひろ君」と僕を探して抱きしめてきたり、何の兆候もなく突然大声を上げて泣き崩れたり、とにかく僕の知っている母ではなくなってしまっていた。  ただ、怖かった。このままこの状態が続くのかという恐怖と、元の生活には戻れないという絶望で、僕まで病んでしまいそうだった。  それでもちゃんと母と向き合おうと、理解しようと努力したが、僕の思いは虚しくまともに会話ができなくなっていた。
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