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 母は出せる力で僕の腕を掴み、縋るように僕を見上げた。その瞬間、僕の腹の中でスイッチが入るような音がした。オフになった電気をオンにした時のような、カチッとした音がハッキリと聞こえた。  僕は思いっきり掴まれた腕を振り払って「ふざけるな!」と叫んでいた。 「学校に行くだけだし、ちゃんと毎日帰ってきてるよっ! 行かないでなんてわがまま言わないでくれよっ!」  早く家に入ってよ! と顎でしゃくり、僕は走ってマンションを出た。  なんなんだ僕はちゃんと母さんのところに帰ってるじゃないか寄り道だってせずに学校が終わったら真っ直ぐ家に帰ってるのに何が不安なんだ僕のことが信じられないのか!  一度出た腹の虫はそう簡単に治まってはくれず、僕はしばらくブリブリとしていた。後にも先にもあんなにイライラしていたのはこの時だけで、自分でもどうしてそこまで腹立たしかったのかよく分からない。 「お母さんが亡くなったって」  1時間目の途中で、担任の先生に呼び出されてそう告げられた時は、理解するのに時間がかかった。すぐ帰りなさいと言われて家に帰ると、パトカーが停まっていて近所の人たちが「可哀そうにねぇ」と憐れむように話をしていた。 「上から落ちたんですって」 「まぁ」 「自殺らしいですよ」 「何があったのかねぇ」
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