放課後の図書室

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「2年5組から8組で部活動にも委員会にも入ってなくて、イニシャルがA・Tの女子の名前? 俺が知るわけないだろ」  翌日昼休憩中の保健室にて。唯一校内で親しく話す関係の同級生に訊ねたが、バッサリ切られてしまった。だよね、知るわけないよね。  保健室には僕と彼しか居らず、僕は弁当、野中君はコンビニのパンを食べているところだ。 「たっちゃん。俺が1年の頃から保健室登校してるの知ってるだろ。自分のクラスの誰1人として名前も顔も知らないんだぞ? 聞く相手を間違えてる」  分かっていたことではあるが、知らないと言われて僕は肩を落とした。  彼は野中太陽という、中学からの同級生だ。右目を隠すように前髪を伸ばしており、長めの襟足は一部が赤く、耳たぶには小さなピアスが着いている。不良というわけではなく、まぁ授業に出ないという面においては不良かもしれないが、真面目に学校には来ていた。  野中君は教室へは行かず、保健室で過ごしている。中学の頃は教室で授業を受けていた彼は極度の近眼で、ずっと一番前の席を希望していたのだが、高校に入りコンタクトを着けて初めて一番後ろの席になった時、クラスメイトの背中を一望して絶望したらしい。  と、いうのもみんな同じ方向を向いて、みんな同じように見えたのが気持ち悪くなったそうだ。それから教室に入れなくなり、保健室登校となったわけだ。襟足を赤く染めたりピアスを着けたりしているのは、みんなと違うアイデンティティを示したいかららしい。  野中君の所属クラスは2年5組だが、2年生になってから一度も教室へ行っていないので、同級生の名前も顔も知るわけがなかった。 「はぁ……だよね……どうしようかな」 「たっちゃんって変に優しい所があるからなぁ。『鬱陶しいから俺に関わるな』くらい言えばいいのに」 「そうだよね……」  突き放せるものなら突き放したい。でも僕にはそれが出来ないのだ。優しさとかではない。ただ、突き放した先にあるものを知っているから怖いだけ。同じ過ちを繰り返してまで自分を追い詰める気はない。もう二度と犯してはならない罪を、僕は一生背負ったまま生きていかなければならないのだ。
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