甘くて苦い告白

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「先輩! す、好きですっ!!」  膝にぶつける勢いで、私は頭を下げた。  あっ、「付き合ってください」って言えなかった。  どうしよう、顔上げられない。  目も力いっぱいつぶったまま開けられない。  発火してもおかしくないくらい顔が熱い。  先輩から返事がない。  沈黙が気まずい。  たぶんほんの数秒しか経ってないんだろうけど、ものすごく長い時間に感じる。  この雰囲気だと、なんかダメそう。  人気のない校舎の陰で二人きり。  少し離れたグラウンドの方から、部活をする人たちの賑やかな声が小さく聞こえる。 「ごめん。好きな子がいるんだ」  先輩の声が静かに下りてきた。  やっぱりダメだった。  胸がつぶれるほど痛くて、鼻の奥がツーンとなって涙が出そう。  ただ、ずっと頭を下げてるわけにいかない。  何か答えなくちゃ。  私は顔を上げた。 「で、ですよねー! 彼女さんとお幸せにっ!」  とびっきりの笑顔で。  素早く背を向けて駆け出した。  河川敷まで全力疾走した。  学校からここまで来る間、泣くのを我慢した。  涙は見せない、誰にも。  それが女の、いや、私の矜持だ。  川の方を向いて、うずくまって泣いた。  どれくらいそうしていただろう。  ふと気配を感じて顔を上げると、隣に親友が座っていた。  彼女も泣いていた。 「関係ないって言わないでね。悲しいことは半分こだよ」  先回りされてしまった。  私の失恋なのに、自分のことのように考えられるなんて、すごい。  この子と親友でよかったと思う。  数日後。  彼女と先輩が付き合っていた。  ははーん、学校の恋愛あるあるですねわかります。  うん、当事者になるとキツいね。  先輩の片思いだったらよかったのに。  別れろ二人。  いや、親友には幸せになってほしい。  なんだこの考え。  自分でもわからない。  わかりたくて考えてみたけど、頭の中がさらにぐちゃぐちゃになった。  気づかないふり。  それしかできない。  親友のこと、大好きだから。失いたくないから。  彼女も以前と変わらず仲良くしてくれた。  私と同じように考えてくれてるんだろうか。  数年後、私は就職した。  同級生たちとは疎遠になった。  それにリモートワークのせいで、さらに人と直接会う機会が限定されている。  会議があってもパソコン画面越しだ。  親友とはチャットでやり取りしてる。  出会いも見合いもまるで縁がない。  と思ったけど、私は素敵な人と結婚した。  私も彼もリモートワークだったのに、不思議。  というわけで、二人して平日はほとんど家にこもっている。  ご飯作りは交代だったり一緒だったり。  そんなある日、「たまには出前にしようか」という話になった。  注文してからしばらくして、チャイムが鳴った。  私が玄関のドアを開けると、配達員が驚きの表情になった。 「どうして」  彼は震える声で言った。 「えっ、何がですか」  私は聞き返した。  彼はこの世の終わりみたいな表情になった。  まるで私が応対したのが悪いとでも言いたげだ。 「僕のこと、忘れたの?」  彼は今にも泣きそうだ。  私の知り合い?  いや待って、えー、誰?  ……あっ、元同級生のひとりだ。 「ごめん、学生っぽさがなくなっててわからなかった」  私は苦笑いで謝った。  へえー。男子って数年でここまで大人っぽくなっちゃうんだねえ。 「君にとって僕はなんだったの」  彼は暗い顔のまま言った。 「いや、そう言われても」  私にわかるわけないでしょう。  学生時代、特にアプローチしてこなかったし、なんの脈絡もない。  どうしろと?  というか早いとこ、ご飯食べたいんだけど。  夫も同じだったようで、「どうしたの」とやってきた。  するとどうだ。  配達員の顔色が変わった。 「出直してくる」  自転車に乗り、逃げるように去っていった。 「また来るって言ってたな」  夫は顔をしかめて言った。 「何しに来るつもり?」  私は身震いした。  夫も青ざめていた。
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